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▽ 憧れの田崎先輩1


田崎先輩と知り合えたのは偶然だった。学校中の人気者でまさに憧れの的、高嶺の花。誰もが一度は恋をしてしまいそうな完璧なその人と、たまたま同じ委員会になって話したことがきっかけでお近付きになれた私は一体どれだけの幸運に恵まれたのかとちょっと恐くなってしまう程。それだけの存在なのに気さくに話しかけてくれた先輩に憧れ以上の感情を抱いてしまったのは仕方ない、むしろ当然だと思う。
周りの女の子達も皆田崎先輩かっこいい、大好きと言っているけど、その中でどれくらいの人が本気であの人を想っているんだろう、考えたってどうしようもないそんなことを、最近やたらと思い悩んでしまっている自分が嫌になる。


がやがやと賑わう昼の購買に足を運ぶ。本当はその隣に備え付けてある自販機で済ませたかったのだけど、生憎この時間では目当てのものが売り切れになっているのは良くあることで今日も例外ではなかった。正直もっと頑張ってほしい。
人が混み合う中になんとか入っていって並べられている物を確認すると、目当てのいちご牛乳はまだ3つ残っていた。けど、今の時間の購買に綺麗な列なんて出来ている筈もなくて、右から左から伸びる手によってどんどん残りの商品は少なくなっていく。私の欲しいいちご牛乳もとうとうあと一つになってしまった。ので、まだ少し遠い売り場の人に向かっていちご牛乳、と告げてみるけど多分届いていない。運が良ければ声の方に差し出してくれるんだけど、今の私の声は掻き消されてしまったみたい。
と、そうこうしている内に後ろからすっと伸びてきた誰かの手が最後のいちご牛乳とフルーツ牛乳を器用にも二本同時に掴んだ。何てこと、いちご牛乳がダメならせめてフルーツ牛乳が欲しかったのに。ああ無情……諦めて自販機で他のものを買おう、なんかもうお茶とかしかなかったけど。そう考えて人混みを抜けようと少し体をずらした瞬間、ぐんっと左に体勢が傾く。人の群れに押されたのではない、誰かが私の左手を掴んで引っ張ったのだ。

「え、わ、わわっ」

周りの人の壁で転びこそしなかったけど、突然の出来事に頭も体も追い付かなくてバランスが上手く取れない。それでも何とか、というより掴まれた手に引かれてやっと人の群れから出ることができた。一体誰が、といまだ掴まれたままの腕の先を辿るとそこにいたのは、まさかの。

「大丈夫?」
「……田崎せ、ん、ぱい」
「手、ごめんね」

ぱ、とようやく離された先輩の逆の手には私が求めていたいちご牛乳ともう一つ、フルーツ牛乳が握られていた。あ、さっきの無情な手は先輩だったんですね……。

「なんとか牛乳、って言ってるのは聞こえたんだけど。どっちかわからなかったからさ」

どっちが当たりかな、と手にした二種類のパックをちらちらと振ってみせる先輩。まさか私の声を聞いていてわざわざ買ってくれた、の?いやいや、そんな、まさか。

「あ、私が買いたかったのはいちご牛乳……です、けど」
「だと思ったよ」

くすりと笑っていちご牛乳を差し出す先輩。本当に、私の為に?

「いえ、あの、先輩が先に選んでください」

理由はどうあれ先輩が買ったんですから、当然の権利です。

「けど俺若宮の声が聞こえなかったらそもそもどっちも選ばないよ」

あ、そうですよね……申し訳ない気持ちになって、でも言われた言葉はかなり嬉しい。でもやっぱり申し訳ない。

「すみません……」
「やだな、謝ることじゃないよ。それにどうせならありがとうの方が嬉しいかな」
「……はい、ありがとうございます。じゃあ貰っても良いですか」
「もちろん」

ならこっちは俺が飲んでもいいかなとフルーツ牛乳のストローをぷすりと通す先輩に倣って、私もストローを突き刺した。

「……あ、先輩、お金」
「ん?ちゃんと二本分置いてきたよ」
「そうじゃなくて、」
「良いよ、奢るよ」
「すみませ、……ありがとうございます」
「うん」

にっこり笑う先輩があまりに眩しくて、直視出来ずに目を逸らしてストローに口を付ける。……いまだに、今ここでこうしているのが私であることが信じられない。

「甘いね」
「……はい」

口の中に広がるそれはもう本当に、いつもより甘い気がする。甘くて甘やかで甘ったるい、とにかく甘い。そんな気がする。なんとなく耐えられない雰囲気。話題、変えたい。

「あの、先輩本当は何を買いに来たんですか」
「ん?コーヒー」
「あ、それも自販だと売り切れてましたね……」

まあこの時間だからしょうがないね、と苦笑する先輩。コーヒーを飲む先輩を思い描いたら……様になりすぎている。

「先輩、コーヒー似合います」
「そう?老けてるって良く言われるんだけどそういうことかな?」
「ち、違います!」

大体誰がそんなことを、とこっそり思ったのを見透かすみたいに田崎先輩はまあ甘利しか言わないけどね、と呟く。甘利先輩……田崎先輩と同じ様に人気者でファンが多くて、またそんな二人が一緒にいるものだから学校中の注目を集めてしまっているのは当たり前。……というかその甘利先輩も充分大人っぽいと思うんだけど。

「むしろ甘利先輩の方が……その、」
「老けてる?」
「い、いってません!」
「けどそう思ったろ?」
「……は、いえあの……少しだけ……」
「はは、大丈夫。言わないから」
「あ、当たり前です!」
「ごめんね。俺達だけの秘密にしよう」

二人だけの秘密、先輩がそう言った。……なのに変な秘密。嬉しいような、そうでもないような。何とも複雑でどうして良いかわからずにまたストローに口を付けた。

「若宮も似合ってるよ」
「え?」
「それ、いちご牛乳。ピンクが似合うってことかな」
「そ、そんなの言われたことありません……」
「確かにね、なかなか、ね」

こんな話題にはならないよね、って笑う先輩に釘付けになってしまう。見つめたら何も言えなくて、そうしたら目が合ってじわじわと顔が熱くなってくるのがわかる。ああ、赤くなっているの、見ないでください。……なんて、この熱を抑える術を知らない以上そんなのは当然無理なわけで、私の顔を見た先輩は目を細める。

「可愛いね」
「や、やめてください……!」

やめてください、そんなことを言うのは。そんなこと言われなくたって、出会えた瞬間からずっと憧れていたんです、でももう憧れじゃないんです。先輩のことが、今はもう本気で好きなんです。だからお願いです、軽い気持ちでからかうのはやめてください。


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