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「名前さんは優しい人だと思います」



この子の言葉は何時も私の心を締め付ける。

公園で出会った中学生の男の子。怪我をしていたその子に「大丈夫?」と声を掛けた時から続く、ただの顔見知りよりは仲が良くて友達というには少し不足しているような、そんな曖昧な関係。

この子とは沢山の言葉を交わしたけれど、その中で私はずっと言えずにいることがある。もちろんこれからも言うつもりはないのだ。・・・ヒーローを夢見ているこの子には特に。


実のところ、私には幼い頃からまるで呪いのように根付く破壊衝動があった。

壊さないと、殺さないと気が済まない。世間一般でいう『敵』である私は未だ警察にもヒーローにも捕まっていない。

本当は、公園のベンチに座り込んでいた彼に声をかけたのだって、破壊衝動をどうにかするためだった。

断じて親切で声をかけたわけじゃない。大丈夫?と問いかけるその背中にはナイフを隠し持っていたのだ。


自分が無個性であることとか、でもどうしても叶えたい夢があることとか、初対面なのにするすると自分の悩みを話してきた彼。

まぁ死ぬ前だし良い思いさせてやろうとその話を嫌な顔一つせずに聞いてやって、時には相槌も打ってやって・・・

あの時さっさと殺していれば、この子とこうやって言葉を交わすこともなかっただろう。けれどあの日、気まぐれにあと少し話を聞いてから殺そうかと考えてしまったばかりに、私はこの子を殺せなくなってしまった。



初めて優しい人だと言われた。

酷いヤツだとか、怖いヤツだと言われることはよくあっても、優しい人だなんて言われることはなかった。言われるわけがなかった。

この子の目は節穴か?と思った。言われた日は思わず「は?」と素で驚いた声を上げてしまうほどに。

彼の中では私はそうとうな「良い人」らしく、彼は私を見かければ必ず声をかけてきた。

名前さん!と私の名前を呼んで、嬉しそうな顔で駆け寄ってきて・・・

そのせいか、やっぱり私は彼を殺せなかった。



「実は今度、雄英の試験を受けるんです」

「・・・そうなんだ」

「そのために此処最近ずっと鍛えてたんです。この間心配してくださった頬の擦り傷も、その時ので・・・」

「とっても頑張ってるんだね」

確かにここ最近細かい怪我が多いなとは思っていた。あと、彼の筋肉量とか。

前々からヒーローになりたいとは言っていたし、雄英に入りたいとも言っていた。でもそうか、雄英を受験するのか。いよいよ敵である私が傍にいるわけにはいかなくなってしまった。



「精一杯頑張っておいで。出久くんなら出来るよ」

当たり障りのない応援の言葉を口にすれば、彼は心底嬉しそうに微笑んだ。



「名前さんはやっぱり優しい人です」

彼の中の基準がどうなっているのかはわからないけれど、彼の中で私はやっぱり優しい良い人らしい。

否定することは簡単だ。けれどなかなかにそれが出来ない。

「・・・そうかな」

「はい!」

「・・・そっか」

あまりにはっきりと言い切られる。私は敵だ。どう転んでも優しい人にはなれない。

けれど、そうだな。彼が僕をそう認識しているなら、せめて彼の前だけでも、もうちょっとだけ我慢しよう。


「結果、わかったら教えてね」

「はい!もちろんです!」

君の期待を裏切らない様に我慢する。

何時かそのせいで爆発してしまって、君の期待を大きく裏切る結果になってしまっても、今だけは君の言う『優しい人』でいよう。






作られた優しい人






ポケットの中に隠した右手には、今日もナイフが握られている。

あぁ、誰かを切り裂きたい。

何時かヒーローになったあの子が、私を捕まえるなんていう未来もあるのかな。



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