「よぉ、おっさん」
「・・・やぁ勝己くん」
僕はこの高校生が恐ろしくて仕方ない。
会社からの帰り道、ただのやつれたサラリーマンの僕に声をかける爆豪勝己という高校生の男の子。
まだ中学を卒業して高校に入学したばかりの彼は幼さの残る顔をしている。
「何だよ、今日も陰気くせぇな」
けれどそれを払拭するような鋭い眼差しが僕を射抜く。
彼との出会いは駅のホームだった。
僕はその時疲れていたんだ。仕事が上手くいかない、人間関係が上手くいかない・・・もう、疲れていたんだ。
いっそ消えてしまいたい。消えたら、楽になるかもしれない。
死のうとしていたわけじゃない。ただ、身体は自然と線路へと近づいていた。
ふらりと揺れた身体。突然掴まれた腕。
え?と思う頃には後ろに思い切り引っ張られ、僕は尻餅をついていた。
そんな僕を鋭い目で見下ろしていたのが、爆豪勝己という男の子だった。
「ダセェことしてんじゃねぇぞ、おっさん」
おっさんと呼ばれるほどまだ歳はとってないつもりでいたけれど、まだ年若い彼にとっては十分おっさんなのだろう。
ぽかんとした表情で彼を見上げていた僕へ「次こんなダセェことしたら、ぶっ殺すからな」と吐き捨て、その日の出会いは終わった。
・・・それからだ。
僕と爆豪勝己くんのよくわからない関係がスタートした。
会えば「よぉ、おっさん」と声をかけてくる彼。
口数の少ない僕を気にも留めず、彼は「今日はモブどもが」とか「デクが」とか、その日あったことを僕に話す。満足したら「おい、おっさんも何か喋れよ」と軽く蹴ってくる。これがよくある流れだ。
最初は駅のホームで喋るだけだったけど、何時しか「小腹がすいた」とファーストフード店に連れていかれたり、コンビニに連れていかれたり・・・
気付いたら僕は彼のことを『勝己くん』と呼んでいて、彼もそれを嫌がる素振りは見せず、それどころか何となくだけど勝己くんも僕に心を許してきている気がした。
気持ち的には『年下の友達』というか、そういう認識なのだが・・・傍から見れば違うかもしれない。
もしかすると、傍から見ればこれは援助交際に見えてしまうのではないか。
そんな風に見られれば僕はもちろんのこと、勝己くんも困るのではないだろうか。
一度それとなく言ってみたことがある。もう僕と会わない方が良いんじゃないかって。
すると彼は鋭い目を更に鋭くさせて、僕を強く強く睨みつけた。
法律で公共の場での個性の使用が制限されていなければ、僕は彼の個性でぼこぼこにされていたかもしれない。彼の個性は確か爆発するとかそんな感じだと言っていた気がする。実際見たことがないから知らないけれど。
「おっさん、腹減った」
「晩御飯が食べれなくなるよ」
「食えるから平気だ。っつーか、おっさん細すぎてキメェよ、とっとと何か食え」
その言葉に「・・・あぁ、うん」と頷く。
彼がこうやって帰りに何か食べようと言う原因は、どう考えても僕なんだろう。細いキモイと言う彼が無理やり僕の口に食べ物を突っ込んでくるのはよくあることで、彼と出会ってからは減少傾向だった体重が少し戻ってきた。
この高校生は、もしかしなくても僕を救おうとしているのだろう。
声をかけるのは僕がホームから飛び降りないように、食べに誘うのは僕がちゃんと食べるように。
彼は将来ヒーローになると言っていたから、やっぱりそうなのだろう。
けれど彼、勝己くんは勘違いをしているんだ。
僕は別に死のうとしていたわけじゃないんだ。確かに楽になりたかった、もう消えてしまいたかった、けれど死ぬ程の度胸なんて持ち合わせちゃいなかった。
放っておいたって、僕はおそらく死ぬことは無い。
まだ高校生の君が自分の時間を割いてまで救おうとする理由なんてどこにもない。
未来ある学生の時間を独占するような価値、僕には無い。
「なぁ、おっさん」
「どうかした、勝己くん」
「俺がヒーローになって事務所立てたら、おっさんそこで働けよ」
勝己くんに連れられて入ったファーストフード店のポテトに伸びかけた手が止まる。
そんな僕を気にすることなく、彼は何の悪びれも無しに言葉を続けるのだ。
「喜べよおっさん。トップヒーローの事務所で働けるなんて、一気に勝ち組だぜ」
にやにや笑う彼は、僕を離してくれるつもりはないらしい。
未来のヒーローに捕まった独占しているのは僕なのか、それとも彼なのか。