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教師としての仕事とヒーロー活動の両立は難しい。

生徒が休日でも教師は出勤という場合も多く、考査期間ともなればその忙しさは普段の倍以上になる。


とはいえ、もちろん教師にだって休日はあるわけで、久しぶりの休日を迎えた相澤は一人住宅街を歩いていた。

人通りはそれほど多くない、現在の自宅からそう遠くない場所。後少し歩けば、相澤の目的地であるコンビニがある。


その途中で、相澤は足を止めた。

視線の先にとあるものを発見したからだ。



「・・・・・・」

道にでろんっと広がっているそれに相澤は見覚えがあった。

一見水たまりなソレはよくよく見れば水色で半透明な、水とは違うものだと気付く。

更によく見れば、水たまりが一瞬ぴくっと動く。

相澤はその様子に、記憶の中にある一人の人物を思い出した。



「名前か?」

水たまりに問えば、それはぶるんっと水たまりらしからぬ動きを見せ、次第に人のような形をとる。



「ふえぇ・・・消太くん、おひさー」

でろんでろんのふにゃんふにゃん。今にも水たまりに戻ってしまいそうな程に曖昧なソレに、相澤は呆れたような顔をした。


「お前は相変わらずだな」

「気を抜くとすーぐこうなっちゃうんだ」

でろりと溶けた身体。辛うじて残った顔がへにゃりと文字通りとろけた笑みを浮かべる。




彼は名字名前。相澤の学生時代の同級生だ。

スライムの個性を持つ名前は昔から頃ある事に溶けていた。

吃驚して思わず溶ける、くしゃみをして思わず溶ける、寝ぼけて思わず溶ける。その他バリエーション多数。


これだけ聞けば個性が制御できない半端者な感じもするが、一応は相澤と同じヒーロー科を卒業しただけあり、敵の前では一切の油断も無い男なのだ。

・・・まぁ、でろでろに溶けながら「いやー、困った困ったぁ」と緩く笑う姿からは想像もできないかもしれないが。


「今回はどうして溶けたんだ」

「いやぁ、お酒飲んじゃって」

あまりにどうしようもない理由。言われてみれば、名前が何時も以上に緩い気がする。喋りや態度と、後スライムの硬度が。



「酔っぱらってんのか」

「えへっ」

昼間っから何やってんだよと呆れる相澤に「久々のお休みでついつい」と名前は笑う。


アングラ系ヒーローの相澤とは違い、積極的にヒーローとしての知名度を上げている名前はヒーロー活動に加えてテレビや雑誌の活動もしていて、あまり休みを取れないらしい。

だから今日は一日休みだと事務所からはっきり言われると、嬉しくなって昼間から飲んでしまったらしい。ふにゃふにゃしながら名前は嬉しそうに語っていた。



「・・・で、戻れそうか?」

「お酒抜けるまで無理かもー」

遂には人の形を保つのも難しくなったのか、名前はまた水たまりになった。

本人的にはあまり危機感は持っていないようで、ふにゃふにゃ上機嫌に笑っている。


確かにスライム化した彼はどんなに踏もうが切り裂こうがその攻撃は一切通じない。なんたってスライム、千切れたってすぐにくっ付くのだ。

例えば名前に気付かなかった通行人が踏んでも、車に轢かれても、名前は大丈夫なのだ。スライムから戻った時にちょっと身体が汚れてるぐらいで。


「まったく・・・ちょっと待ってろ」

「うん、待ってる待ってる」

「くれぐれも側溝に流されんなよ」

「いえっさー、相澤隊長」

緩い返事を聞きながら、相澤は目的地をコンビニから自宅へと切り替えた。






「待たせたな」

しばらくして戻ってきた相澤の手にはバケツが握られていた。


「ほら、バケツ」

「ありがとー」

相澤が持って来たバケツに名前のどろどろした身体が納まる。

名前が入ったバケツを手に相澤が歩き出せば「ごめんねー」と名前が笑った。



スライム化すると重さも変幻自在な名前。人間一人分にしては随分軽いそのバケツを相澤が運ぶ。

そのバケツがぐらぐら揺れるからか「あー、溶けるぅー」と中で名前が目を回す。

「吐くなよ」

「出来ればバケツを抱えて欲しいかも」

「甘えんな」

「うへぇ、消太くん厳しい」

「愛の鞭だ、喜べ」

「うっす」

そんな冗談を言いながらも自宅に到着し、バケツを手にしたまま部屋へと戻った相澤はバケツをテーブルの上に置いて椅子に座った。



「何か飲むか」

「今は良いやー。むしろ僕が水分だし」

「それもそうか」

「消太くんは何か飲めば良いよ。あ、僕以外ね」

スライムジョークぅ、と緩く笑う名前に相澤は笑いこそしなかったが「そうだな」と頷いた。笑って貰えなかったことに対し、名前も特に気にせず「そうだよー」と笑う。



名前と相澤は、相澤にとって腐れ縁のマイク程ではないがそこそこ長い付き合いだ。長いこと会っていなければ「あいつ、今頃どうしてるんだろうな・・・」とふと思うぐらいには仲も良い。でなければ、道端に落ちていたって「ヒーローなんだ、自分でどうにかしろ」と言い捨ててそのまま目的のコンビニへと歩いて行ってしまったことだろう。

相澤が冷蔵庫から缶ジュースを取って戻ってくると、名前は「僕運が良いよねー」と上機嫌に笑い始める。


「でも今日が雨の日じゃなくて良かったよー。うっかり雨の日に溶けちゃうと、排水溝から流されちゃうから」

「学生時代、一度海で発見されてたな」

「あの時はうっかりしてたよー」

風邪気味なのに無理して学校に行こうとして、途中で我慢できずスライム化。その日が雨で溶けた名前はあっという間に側溝に流れ込み、そのまま川に流れ海に流れ・・・

海を見回りしていたヒーローが気付かなければもしかするとそのまま海の藻屑となっていたかもしれない。



「消太くんのおかげだよー」

「お前はやることはちゃんとやるタイプだったからな。無断欠席はしないだろうと思って、それを担任に言っただけだ」

「そのおかげで先生がうちの親に連絡してくれて、実は俺が朝家を出てったことがわかったんだよ。いやぁ、誰にも気づかれずに海の藻屑にならなくってよかったよ」

「そうだな」


「ありがとねー、消太くん」

「・・・あぁ」

そこまで会話をしたところで、名前の口から大きな欠伸が出た。

目はとろんとしていて、今にも眠ってしまいそうだ。眠ればきっと、やっとのことで保たれている顔の部分もただのスライムになってしまうだろう。



「眠いのか?」

「んー、やっぱり飲み過ぎたかも。折角久しぶりに消太くんに会えたのに・・・」

眠気を必死に堪えているのか、溶けかけては戻り、溶けかけては戻りを繰り返す名前に「折角の休みなんだ、無理せず寝とけ」と相澤が声をかける。名前はとろんとしたまま「有難う、消太くん」と笑った。



「ん・・・あのさ、消太くん」

「なんだ」

「僕ね、何時か消太くんに恩返しがしたいんだぁ」

とろとろと、ちょっとずつ名前の顔の輪郭がなくなっていく。


「消太くんに助けてもらった命を、消太くんのために使いたい。それが僕の夢」

「・・・馬鹿なこと言うな」

「へへっ、夢を好きに語るぐらい許してよ。だからね消太くん、もし僕に何かしてほしいことがあったら、なんでも言ってね。できる限り叶えてあげるから」

相澤は答えない。その間に、バケツの中のスライムが動かなくなった。どうやら名前は完全に眠りについてしまったらしい。

そんな名前を見た相澤は大きなため息をつき、テーブルに突っ伏す。




「・・・俺の気も知らねぇで」

もともとそこまで仲が良くも悪くもなかった二人が近づいたのはあの事件の後。『お前はやることはちゃんとやるタイプだったから』?『無断欠席はしないだろうと思って』?ただそれだけの理由で、はたしてあの異変に気付けただろうか。

現に、相澤と同じように名前のことを評価していた当時の担任は「まぁたまにはこういうこともあるか」で済ませていたし、当時の相澤よりは名前に絡んでいたはずのマイクも「たぶん風邪だな」で済ませていた。


じゃぁ何故気付けたのか。相澤だって確信はなかったのだ。

ただ少し、ほんの少し、彼が人よりも名字名前という人間を見ていただけ。

何時からなんてわからない。気付けば彼は、名前を目で追っていた。その個性と同じようにとろけるような優しい笑顔の名前を、ずっと。

そのおかげで偶然にも相澤は名前を救うこととなり、名前は相澤に感謝し二人の仲は急激に良くなった。が、それは単純に『顔見知りのクラスメイト』から『とても仲の良い友達』になっただけ。はたから見れば大きな進歩だが、相澤がなりたいのはそういう関係ではなかった。


まさかこの歳まで片思いを引きずることになってしまうとは、相澤自身思ってもみなかった。思いは通じなくても、時が過ぎれば自然とこの思いは薄れて消えていくものだとばかり思っていた。

でも実際は違った。目の前で物言わぬスライムと化した名前を、相澤はまだ見つめ続けてしまう。




「叶えるとか言ってんじゃねーよ」

どうせしばらくは起きないだろう。相澤はスライムの表面に指をぷすっと刺す。弾力のあるそれは、ぷにぷにと心地よい。

何度も何度もぷにぷに押せば、人が寝返りを打つようにスライムの表面がゆらゆら揺れて、それがまた面白いのだ。


確実に安眠を妨害するような行為だろうが、人の気も知らないでへらへら笑っているこの男に多少の仕返しをしたってバチは当たらないだろう。相澤はその気が済むまでスライムをぷにぷにと触り続けていた。






とろろんスライム






「消太くん、マッサージ師100人に延々とツボを押され続ける夢を見たんだけど」

目を覚ました名前の第一声に、相澤は「そりゃよかったな」とだけ返した。



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