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良いことがあった。

自分の受け持つクラスの女子から家庭科で作ったらしいマフィンを貰った。

先生は何時もお腹を空かせてるから一つ分けてあげる。そんな台詞と共に渡されたマフィンは学校では食べず、家に持って帰ってきた。

何のためかと聞かれれば、それは恋人に自慢するためだ。



「なんかさ、生徒から懐かれてるなって思うと嬉しくって」

テーブルの上に置いたマフィンを興味なさ気に見ている恋人が少しでも興味を持つようにそう言えば「良かったな」と軽く返された。

まぁ恋人の性格的にあまり大きなリアクションは無いだろうなとは思ってたけど、まさかこれほどまでとは。思わず苦笑い。


「消太はどう?クラスの子達と仲良くやってる?」

「どうだろうな。嫌われてはいねーだろ」

「ちょっとわかり難いかもしれないけど消太は優しいから、きっと懐かれてるよ」

消太の受け持つ生徒たちは見たことがないけれど、消太が珍しく誰も除籍してないところを見ると見どころ満載の生徒たちなのだろう。何時か見てみたいものだ。


「あーあ、その子達が羨ましいよ、相澤先生の授業を毎日受けられるなんて」


恋人の消太は勤める学校は別だけど同じ教師で、出会うきっかけも学校交流の一環で行われた教員同士の交流会だった。

俺の一目惚れでその日のうちからアタックを始めて、漸く想いが伝わって恋人になった愛しい相手。付き合い始めてからはお互いの勤める学校から丁度真ん中あたりの距離にあるマンションの部屋を借りて、そこで一緒に生活している。


お互いヒーローと教員の仕事を掛け持ちしているからなかなか休みは合わないけれど、一日のうちのほんの少しでも一緒にいられるとそれだけでその日一日頑張れる気がする。

どちらかが早く帰って来て夕食の支度をして、相手に「おかえり」と言えれば更に幸せ。一緒に夜眠って朝起きて、一緒に朝食を取って一緒に家を出れればもう最高。

ささやかながらも最上級の幸せを手にしている自覚はある。でもやっぱり、実質一日の大半を一緒に過ごしているであろう彼の生徒たちは羨ましい。



「食べないのか、それ」

「もちろん食べるけど、消太にはもうちょっと興味を持ってほしかったかな」

テーブルの上にあるマフィンを指差す消太にわざとらしく肩をすくめる。愛されている自覚はあるけれど、こういう茶番にも付き合って欲しいのが恋人心だ。


「心配にならない?もしかしてその女子生徒と、とか」

「生徒に手を出してんのか、引くぞ」

「いやいや、ものの例えだよ。相手が生徒じゃなくても、こうやって消太の知らない相手が俺にアプローチかけてたりしたら嫉妬しない?」

暗に嫉妬で少しむくれる消太が見たかったんだと言う。たぶん消太のことだから、呆れたようにため息を吐くだけだろう。


「もしそのアプローチで名前が他の誰かのものになるなら・・・まぁ普通に嫌だな」

予想外の台詞に目を丸くする。まさかそんな風に言ってくれるなんて、嬉し過ぎてついつい頬が緩む。


「へへっ、そう思ってくれるだけで嬉しい」

「まぁそうはならないけどな」

「凄い自信だね、どうして?」

確かにそんなことするつもりは微塵も無いけど、何か理由があるのだろうか。



「お前が他の誰かのものになりそうになったら、すぐにどうにかするからだ」

「どうにかって、どうやって?」

よくわからないな、と素直に尋ねれば消太がそっと俺に近づいて来る。それから俺の身体に身を寄せ「例えば・・・」と言いながら俺の太腿を指でなぞってきた。少しくすぐったくて笑えば消太もくすりと笑う。


「この足を・・・なぁ?」

「あぁ、切り取って歩けないようにするってことか」

まるで切り取る場所を決めるように消太の指が太腿をくるりと一周する。やっぱりくすぐったくて笑えば消太が「雰囲気ねーな」と笑った。



「だって消太、前に言ってくれたじゃないか。お前は足が速くて頼もしいなって。消太に褒められたから、その日のヒーロー活動は無駄に走り回っちゃった」

「確かに、切り取ればもうお前は走れないから勿体ないな」


「だったら他は?聞きたいな」

消太の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめれば、俺と同じメーカーのシャンプーの香りがした。同じもののはずなのに、消太の方が良い香りに感じるのは俺が消太を好きだからなのか。

「そうだな、じゃぁ・・・俺しか見れないように、調教でもしてやろうか」

「消太に調教されちゃうんだ。消太しか見れないように」

「あぁ。怖いか?」

「ううん。というか、消太しか見れないようにって意味じゃ、もう俺は調教されちゃってるよ」


消太がノってくれるのが嬉しくて、抱きしめたままキスをしようと顔を寄せる。それもあっさり受け入れられ、俺と消太の唇が合わさった。



「安心してよ消太。俺は消太しか愛せない男だから」

「生徒からのマフィンひとつにデレデレしてた奴の台詞とは思えねーな」

ぴしっと軽く額をデコピンされた俺は笑いながら「嫉妬?消太可愛い」抱きしめたままだった消太の身体を更に強く抱きしめた。







とあるカップルの日常






二人で散々じゃれ合った後で、マフィンははんぶんこにした。

「・・・うーん」

「お前の生徒大丈夫か」

「味付けがちょっと個性的なだけだから、そんな気の毒そうな顔しないでよ消太」


うん、取りあえず飲み物を用意しよう。



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