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ミッドナイトが夜遅くに帰宅すると、必ず玄関前に一人の男が立っている。

男はミッドナイトに気付くと嬉しそうにその不健康そうな顔を綻ばせ「お帰り、睡ちゃん」と言う。

「ただいま、名前」

男は名前という、ミッドナイトの幼馴染である。




「睡ちゃん、今日もお願い」

ミッドナイトが自宅に荷物を置くと、玄関先で待っていた名前がそう声を上げる。

その言葉にミッドナイトは眉を下げながらも「わかったわ」と頷き、ミッドナイトが住む部屋の隣、名前の部屋へと足を運んだ。


名前は迷うことなくミッドナイトを自分の寝室へと招き、それから自らの身体をベッドへと沈めた。

ベッドに寝転び、自分を見上げる名前をミッドナイトは静かに見下ろす。


「まったくもぉ、何時までも私に頼ってちゃ駄目よ」

「ごめんね、睡ちゃん」

ミッドナイトの個性が発動した瞬間、名前の瞼はゆっくりと降りていく。

おやすみなさい名前、と言いながらミッドナイトは名前の頭を撫でる。

その安心しきったようなその寝顔を見て、思わず眉を下げながら。




名前は不眠症のようなものを患っている。

長年様々な種類の睡眠薬を多量に摂取し続けた結果、並大抵の睡眠薬では効かなくなってしまった名前は幼馴染の個性に頼る様になった。


わざわざミッドナイトの隣の部屋に越してきて、ミッドナイトの帰宅時間を見計らって家の前で待つ。見ようによってはストーカーのようだが、名前にとっては死活問題で、ミッドナイトにとっても見捨てられるような状況ではなかった。

しかし、ミッドナイトだって毎日のように名前に個性を使ってやれるわけでもない。学校の仕事は定時を越えることも休日を返上することもしょっちゅうで、ヒーローの仕事も何時舞い込んでくるかわからない。

ミッドナイトがいない間、名前は眠る術がない。

頼りきりではいけない。ミッドナイトがずっと傍にいてやれるわけじゃない。


「困った子ね、まったく」

呆れた様な声を上げるも、その声は優しく、手は名前の頭を撫で続ける。

今日も何時も通り、ミッドナイトはリビングに置いてあるはずの鍵で玄関の扉を閉め、ポストから鍵を返却すれば良い。

合い鍵を作ろうか、と名前も提案したことがあるが、二人の間にあるのは『幼馴染』という枠組みの関係。恋人でもない人間が合い鍵を持っていても良いものかと悩んだミッドナイトは、その申し出を丁重に断った。


そもそも名前が欲しているのはミッドナイトではなく、その個性なのだとミッドナイトは理解している。

睡眠薬が効かなくなった名前にとって、自分はとても貴重な存在なのだと。

都合の良い女扱いされるのはミッドナイトもあまり良しとしないが、事情が事情のためこればっかりは仕方ないと思っている。それに名前だって、別にミッドナイトを都合の良い女だと思っているわけじゃないのは、ミッドナイトだってわかっている。





名前が眠れない原因は昔巻き込まれた事件が原因だ。

名前が幼い時、まだ名前が皆と同じように眠ることが出来ていた頃のことだ。真夜中、その事件は起こった。

突然割れた窓ガラスと侵入してくる男たち。名前の家は、真夜中の強盗に襲われた。


名前の父親は強盗犯たちと揉めあいとなり、その末に強盗犯に殺された。元々は殺すつもりはなかったのか、強盗犯たちもパニックになり、悲鳴を上げて助けを呼ぼうとして母親までもを殺して逃走。

その後強盗犯たちはその後やってきたヒーローによって警察に引き渡されたが、残念ながら何もかもが遅すぎた。名前は幼いながらに両親を失ったのだ。


最悪なことに、名前は両親が殺されるところを見ていた。

父親が「隠れていなさい」と言って押し込まれた部屋の扉の隙間から、じっと見つめていたのだ。

両親を失った名前は祖父母の家に引き取られ、施設に行くことは免れた。だが、名前が心に受けた傷は深く、それは名前の身体を“変質”された。


夜になると自分の大切な人は殺される。

夜は寝ちゃいけない。

そんな考えが幼い身体を蝕む。その頃はまだ不眠症ではなく、昼間になれば少しは眠ることが出来た。


けれど歳を重ねるにつれて、危険なのは夜だけではないと感じてしまったのだろうか。何時しか名前は昼夜問わずに眠れなくなってしまっていた。

人は睡眠をとらないと身体の何処かに不調をきたす。眠れない名前は、次第に弱っていった。

今では名前が出来る睡眠方法は、強力な薬かミッドナイトの個性でしかない。長年受けたカウンセリングも今のところは何の成果もあげていない。







「・・・はぁっ」

がちゃりと名前の玄関の鍵を閉め、鍵をポストから返却する。


後は自分の部屋に帰って、お化粧を落としてお風呂に入って・・・

何だかどっと疲れが出てきた彼女は、寝室ですやすや眠っているであろう名前の事を思って軽く額を抑えた。


わかっている。名前は自分の個性に頼ってるだけ。もし自分に彼を眠らせることが出来る個性が無ければ、こんな関係にはなり得なかった。

ミッドナイトは自分にそう言い聞かせながらお化粧を落とし、お風呂に入る。シャワーだけで簡単に済ませ、ルームウェアを身に着けソファでぐったりする。



「もぉ、最悪」

ぐすっとミッドナイトは鼻を啜った。その目は潤んでいる。


要約すれば、ミッドナイトは名前にこんな形で頼られたくはなかった。

ヒーロー故に名前の助けを求める声を無視できず、そのままずるずるとこんな関係になってしまった。個性を必要とするものと個性を使う者。需要と供給。そこに愛なんてものは存在しない。・・・あくまで、名前には存在しないはずだ、とミッドナイトは思っている。

ミッドナイトは名前が好きだ。好きだから、出来るだけ早く帰って名前の為に個性を使って眠らせる。

だが眠らせるまでの会話は少しだけで、名前がミッドナイトに求めているのが『愛情』ではなく『睡眠』なのだと感じる度に、彼女の心は辛くなった。


名前に悪気はない。だがミッドナイトは毎晩毎晩、個性を使用する度に傷ついている。

もういっそ、この恋心を捨てられればどんなに良いだろうかとミッドナイトは思うが、何度試したって無理だった。

他の誰かと恋愛しようとしたって、すぐに名前の顔がちらつく。睡ちゃん、と笑う名前の顔が。


「名前の馬鹿・・・」

いや、名前を責めるのはお門違いだ、とミッドナイトは頭を振る。名前にとって睡眠出来ないのは辛いこと。ヒーローに助けを求めるのは仕方ない。自分はヒーローだ、困っている人は助けなければ。


・・・毎晩のように自己暗示のようにそんな事を思いながら、ミッドナイトも眠りにつく。どうせこの恋は報われないのだから、いっそヒーローに徹すれば良いのだと。




「睡ちゃん、今日もお願い」

そうしてその翌日も、名前は変わらずミッドナイトの個性を求める。

ミッドナイトはその言葉にまた一つ傷つきながらも「・・・わかったわ」と返事をする。名前に自分の心が気付かれないように、笑みを貼りつけながら。


何時ものように名前の家の名前の寝室へと二人で向かって、名前がベッドに寝転ぶ。

「じゃぁ、個性を・・・」


「あのね、睡ちゃん」


何時もと違うのは、名前が眠る直前の会話を何時もより長く続けたことだ。

ミッドナイトは内心驚きながらも「何?」と問う。名前は穏やかに笑っている。個性はまだ使ってないから眠れない筈なのに、今にも眠ってしまいそうな微睡んだ顔で。


「睡ちゃん僕ね、睡ちゃんが傍にいるだけで落ち着くんだ。睡ちゃんが個性を使ってくれればもちろんすぐ寝られるけど、睡ちゃんが傍にいてくれるだけで、ベッドに入ると少し眠くなるんだ。あのね睡ちゃん、僕は確かに睡ちゃんの個性に感謝してるけど、傍にいて欲しいのは睡ちゃんなんだ」

まさかバレていたのか、とミッドナイトが目を見開く。いや、それよりも名前は今何と言った?自分にとって重大な台詞ではなかったか?とミッドナイトは頭の中が混乱する。

そんなミッドナイトを気にせず、名前は更に言葉を続けた。


「名前、あ、あの、私・・・」

「睡ちゃん、ずっと僕の傍にいてよ。僕、睡ちゃんの傍でなら何にも怯えず、睡ちゃんのことだけ愛していける気がするんだ」

愛していける。

ミッドナイトはその言葉に自分の目からぼろりと涙が零れるのを感じた。ベッドの中でミッドナイトを見上げる名前は、微睡んだ顔のまま笑う。


「好きだよ睡ちゃん。僕と付き合って」

「・・・今にも寝ちゃいそうな顔で、そんなこと言わないでよ」

泣きながら笑うミッドナイトに、名前は「だって、睡ちゃんの傍が落ち着くんだ」と幸せそうな顔で言った。






おやすみ、インソニアボーイ






「睡ちゃん、一緒に暮らそうよ」

数か月後、そんなことを名前が言ってミッドナイトをまた泣かせる日は近い。



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