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昔、ヒーローの見込み無しとして除籍した生徒がいる。
今まで除籍にした生徒は多くいるが、中でもその生徒は特によく覚えている。
その生徒は入学式当日、両腕と胸部の大火傷で緊急入院した。
幸い緊急搬送された先の病院にいた医療系個性の医師により火傷は痕も残らず綺麗に治療された。
後日警察から話を聞けば、その生徒は学校へ向かう途中民家の火災に遭遇したらしい。
燃え盛る民家の中から聴こえた助けを呼ぶ女性の声を聴き、その生徒は脇目も振らずに飛び出していったそうだ。
ほぼ全員の避難が済んだ中、その女性がいた部屋だけは燃え落ちた瓦礫のせいで扉があかず逃げ遅れていたらしい。
その生徒は女性が飛び込められた部屋を塞ぐ瓦礫を退かすために両手を使い大怪我を負ったそうだ。
瓦礫が退けられたおかげで女性は無事避難をし、その生徒も大火傷を負ったものの命に別状はなかったそうだ。
あまりに危険な行為だ。その話を聞いて俺は「やっかいな生徒が入学してきたもんだ」と思ったものの、人を救うためにやったことだと厳重注意はしたがそこで除籍にはしなかった。
しかし話はそれだけでは終わらない。
ずぶ濡れで登校してきた日があった。
前日の放課後、川に大事なものを落としたという少女に出会い、一晩中探していたそうだ。一度も家に帰ることなく、一睡もすることなく探し続け、挙句に次の日風邪を引いた。なのにソイツが言った一言は「でもちゃんと見つけました」だ。
それからも繰り返される、生徒の『異常』な行動。
車に撥ねられそうな子供を見つけ助けるために自分が撥ねられ両足骨折、複数人に囲まれ怯えている学生を見つけなりふり構わず飛び込んでいった結果全身に怪我を負う・・・
一度だって自分のためではない誰かの為に負う傷。
異常なまでの自己犠牲。
他者の為なら自らの死すら厭わない、という雰囲気すら感じさせるその生徒は、ヒーローにはなっていけないと思った。
他人を正さず、ただ只管に奉仕するだけがヒーローではない。
異常な自己犠牲を繰り返す限り、コイツは何時か死んでしまう。そう思い除籍した。
除籍したが・・・今思えば、それは間違いだったのではと思う。
「あ、先生こんばんは」
「・・・お前、何だそれは」
頬に貼られた大きな湿布、頭に巻かれた包帯、吊られた左腕、ギプスの着けられた右足、右手の松葉杖・・・
「何だって、何がですか?」
にこにこと笑うソイツは、数年前と変わらず異常だ。
その日の仕事も終わり家に帰ろうと歩いている途中、薄暗い夜道でソイツを見つけてしまった。
街灯に照らされたボロボロのソイツは一種のホラーめいたものを感じる。
「こんなところで奇遇ですね。今帰りですか?」
「あぁ」
「そうなんですか。僕はお手伝いの帰りなんです。ヒーロー科は除籍になっちゃったけど、人助けってヒーローじゃなくたって出来ますもんね」
輝かしいばかりの笑顔。何も間違ったことは言っていないはずなのに、狂気めいたものを感じてしまう。
手伝いとはどんなものなのか。身体を酷使しなくてはならないものなのだろうか。
・・・やはり俺の判断は間違っていたのかもしれない。
除籍にするのではなく、傍に置いてその考えを正させればよかった。それが出来なくとも、傍でコイツの異常行動を止めてやればよかった。
「先生に会えて良かったです。先生は僕のこと、一番心配してくれた良い人ですから」
笑顔で言う。先生に会えて嬉しいと、先生ともう一度会ってみたかったと。
何を感謝する必要がある。お前の異常性に気付いていながら、何一つ正すことが出来なかった俺に、何を。
「・・・名字、今何処に住んでるんだ」
気付けば自然と口から言葉が零れていた。
ソイツはにこりと笑って言う。
「借金の肩に売っちゃいました。今はネットカフェとかを転々としてて・・・」
「そうか」
「でも大丈夫です。その人凄く困ってたから、それを助けられて僕は嬉しいです」
本心から言っているのだろう。その輝かしい笑顔でわかる。
全身痛々しい怪我を負っていながら悲壮感は一切感じさせない。コイツは聖人なのか?否、異常者だからなのだろう。
「俺は独身だ」
「?そうなんですか」
「ヒーロー活動と教師としての仕事が忙しい分、家の事が疎かになりがちでな」
「それは大変ですね」
あの時間違ったんだ。こうやって償うぐらい、構わないだろう。
「・・・俺を助けてくれないか?」
俺の言葉にソイツは笑顔になる。
「はい、喜んで」
今はこんな風でしかコイツを保護出来ない。にこにこ笑って頷くソイツ・・・名字名前に「じゃぁ帰るぞ」と言って歩き出した。
嬉しそうに「はい」と返事をしながらついてくるソイツ。
・・・いずればコイツの異常性をどうにかしてやりたい。そう思うが、今はその方法が見つからない。
自己犠牲しか出来ない人
「先生、実は僕料理とっても得意なんですよ」
「そうか」
「掃除も洗濯も全部できますからね」
「そうか」
「助かりますか?先生」
「・・・あぁ、凄く助かる」
俺の言葉にソイツは助けられたことが嬉しくてたまらないという顔で笑った。
・・・コイツの異常性が治るのは、きっとまだまだ先なのだろう。
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