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吾輩は猫である、名前は名前だ。

おや?今、名前あんのかよ!と思ったかい?実はね、つい昨日まではそうだったのだが、本日より吾輩は『名前』となったのだ。いやはや、人生(いや猫生か?)とは何があるかわからないものだ。



「名前、飯だ」

「にゃおーん(心得た)」



本日より吾輩を名前と名付けた無精髭の男は、まだ新品同然に綺麗な器に猫缶の中身をよそうと吾輩の目の前へとその器を置いた。

吾輩はその器の前へとのろのろ歩み寄る。急ぐ必要はないのだ、この家にいる猫は吾輩ただ一匹。急がなくても食事は逃げないのだ。



「お前は本当にどんくさいな。そんなんでよく今まで生きて来られたもんだ」

「にゃー(心外である)」


この男は何を言うのか。

外でもこんな風なわけあるものか。吾輩とて今まで野生として生きてきたのだ、一通りの生命維持活動は出来る。


抗議の声を上げたものの男に通じる訳も無く、男は見当違いにも吾輩の頭を撫でると自分の分の食事である『ぜりー』なるものをズズッと吸い始めた。

何を言っても無駄か。吾輩は抗議するのも面倒になり、そのまま器に顔を突っ込み食事を取り始めた。







男との出会いは一ヶ月も前のことである。


吾輩は怪我をした。粗暴な人間が突如として吾輩の目の前に現れたかと思うと、吾輩を蹴り上げ壁に叩き付けたのである。

通常なら避けることも出来たであろうその攻撃を避けることが出来なかったのは、一重にその粗暴な人間の『個性』によるものであったのだと今ではわかる。


無抵抗のまま理不尽な暴力を浴びせられる吾輩。粗暴な人間はブツブツと『何で俺が』だとか『あいつのせいだ』だとか『イライラする』だとか口にする。まあ要するに吾輩はストレス発散のために暴行されていたのだろう。

吾輩は他の猫よりは丈夫であると自負しているが、流石に人間と猫では力の差は大きい。吾輩は次第に弱っていき、意識も朦朧とし始めたのである。



その時だ。男は現れた。



詳細はわからないが、吾輩は男に助けられたようだ。吾輩は男が現れた直後に気を失ったのである。

次に目が覚めたのは『どうぶつびょういん』という場所で、吾輩は包帯でぐるぐる巻きであった。男の首にぐるぐると巻かれた布とお揃いである。

包帯ぐるぐる巻きの吾輩を家へと連れ帰った男は実に慣れた手つきで吾輩の世話をした。


おそらくだが、この男は猫好きなのだろう。家に吾輩以外の猫はいないにも関わらず、男の家には猫の好むもので溢れていた。特に猫缶は絶品である。この男、猫の好みを実によく心得ている。




「よく食うな」

「にゃおん(美味である)」


「どんくさい癖に食ってばっかいると、デブ猫になるぞ」

失敬な。

男は猫の好みは理解出来ても、猫心はわからぬらしい。残念な男だ。




男と出会って一ヶ月。それまでは『おい』だとか『猫』だとか呼ばれていた吾輩が、本日突然『名前』となったのにはわけがある。

どうやらこの男、一ヶ月目にして吾輩を飼う決意をしたらしい。


それまではおそらく怪我が治るまでだとか、そういった風に考えていたのだろう。現に男が吾輩を過度に可愛がることはなく、時折撫でる程度だった。

変化の兆しが見えたのは、ほんの一週間目ぐらいからか。案外早い。


それまで怪我の影響でぴくりとも身体を動かせなかった吾輩が、ほんの少しだが手足を動かした時である。

まだ動ける状態ではない吾輩に「動くな」と言いながら手を伸ばした男。吾輩とて命の恩人を爪で引っ掻く様なマネはしたくない。吾輩の行動を邪魔をする男の手に、仕方なく前足を載せた。男は硬直した後、吾輩の肉球の感触を楽しんだ。ちょろいのである。

それから次第に手足の動きは活発になり、ふらっふらだが自分で歩けるようになり、それまでスプーンで手ずから食べさせられていた食事も己の足で食べに行けるようにまで回復した。


その頃には既に男は吾輩に愛着を持ってしまっていたのだろう。

本日朝、突然「名前」と呼ばれたのである。



最初は誰のことだかわからず反応出来なかったが、ひょいと抱き上げられ真っ直ぐ目を見詰められ「名前」と呼ばれれば馬鹿でもわかる。あ、それもしかして吾輩の名前?と。

吾輩が自分の名前を理解すると当時に何時用意したのかわからない猫用の首輪をはめられ、吾輩はあっさり男の飼い猫となった。因みにこれはほんの一時間前の出来事である。




「・・・そろそろ行くか。大人しくしてろよ、名前」

既に空っぽになった食事を器をぺろぺろと舐めていると器が取り上げられてしまった。鳴き声を上げながら器を目で追えば「食い意地張ってるな」という言葉と共にひょいと抱き上げられる。



「いいか、名前。今日も大人しくしとけよ」

「にゃー(心配するな)」


どうやら男が仕事に行く時間らしい。

抱き上げた吾輩の肉球をしばらくむにむに触った後、吾輩をそっとおろしそのまま玄関へと歩いて行った。

男が出て行き、家の中は静かになる。ふむ、飼い猫になって数時間だが、案外悪くない気分である。



男が返ってくるまで暇であるが仕方ない。人間は働かないといけないのである。

食事は何処にあるかわかっている。吾輩は馬鹿ではないので、早めに食べつくして後々に空腹に苦しむ、なんて真似はしない。きちんと時間は守る。


男が返ってくるまでの間、吾輩は寝そべったりオモチャで遊んだり、暇つぶしに勤しんだ。

それからしばらく。玄関の外から足音が聞こえる。これは男の足音だと気付き、吾輩は扉の前で待機した。



「ただい・・・何だ、お前こんなところで待ってたのか」

玄関を開けたのは案の定その男で、男は吾輩を見ると少し笑いながら吾輩の身体を抱上げた。


肉球をむにむにしながら「ちゃんと飯は食ったか」だとか「何か困ったことは無かったか」だとかを口にする。吾輩が言葉を発しても理解は出来ないだろうが、吾輩は律儀にも「にゃー」と返事をした。按ずるな、吾輩は今日ものんびり過ごしていたぞ。





「今日はいつもとは違う猫缶があったから、晩飯はそれにするか」

「にゃおーん(是非とも)」


自分の食事は何時も同じものの癖に、吾輩の食事はバリエーションが多い。素晴らしい。

男は仕事で疲れているのだろう。元々健康的な見た目はしていないが、今日は随分不健康な様子だ。


吾輩は肉球を弄る男の手をタシッと掴み、ぺろぺろと舐めた。


「あ?どうした?」

「にゃー(元気を出すのだ)」

ぺろぺろにゃーにゃーすれば、男はぐりぐりと吾輩の身体に顔を摺り寄せた。どうやら吾輩のサービスはお気に召したらしい。

折角飼い猫になったのだから、吾輩とてサービスぐらいはする。肉球を弄りまわされるのは本当は嫌いだが、この男のためなら我慢をしよう。

命の恩人で、今日からは家族なのだ。




「にゃーん(これからよろしく頼むぞ、消太)」

だから早く晩の食事を出してくれ。吾輩は空腹である。





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吾輩の鳴き声に「わかったわかった、飯だな」と呆れたような声を上げた男に、吾輩は「やっと言葉が通じたか」と満足気に一鳴きした。




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