×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





「オールマイト先生」


「む!?何だい、名字少年!」

授業が終わり、教室を出て行こうとした私に一人の生徒が声を掛ける。


彼は名字少年。A組の中でも特に気性の穏やかな子で、母子家庭で育ったためかやけに家庭的な子だ。

つい最近、制服のボタンが取れてしまったというクラスメイトを前に「僕が縫ってあげるよ」とポケットから流れる様にソーイングセットを取り出した姿は今でも鮮明に覚えている。



「実はまたお菓子作り過ぎちゃって」

「またかい!君は本当にお菓子作りが好きだな!」


そんな彼の特技はお菓子作りらしく、ほぼ毎日のように手作りのお菓子を作ってはクラスメイトに振る舞っている。

実は私も一ヶ月ほど前に彼の手作りお菓子を口にして以来、頻繁にお菓子の御裾分けを貰っている訳なのだが・・・



「はい。それで、良かったらまた先生に貰って頂きたくて」

「もちろんさ!有難く頂くよ!」


ぐっと親指をサムズアップさせた途端、彼は「良かった」と笑いながら・・・大きな紙袋を私に差し出した。


咄嗟に受け取ると、その重さがずっしり腕に伝わってくる。まぁマッスルフォームである今だとそう重さも感じないのだが。

紙袋の中からはほんのり甘い香りがする。この中身は全てお菓子なのだろう。私はあまりに多すぎるそれに少し顔を引き攣らせた。




「先生が沢山食べてくれるから、僕も作り甲斐があります」

しかし名字少年の嬉しそうな言葉と笑みに、私も嬉しくなって思わず「君の作るお菓子は美味しいからね!幾らでも食べれてしまうよ!」と言ってしまう。

その瞬間、名字少年はそれはもうとろけるような笑みを浮かべながら、私にとって実に恐ろしい台詞を言うのだ。



「だったら、今度はもっと沢山作って来ますね!」

「えっ!?う、うん!楽しみにしてるよ!」

え?これ以上増えるの?という気持ちを押し殺しながら私は笑顔で頷いた。


紙袋は一か月前より、各段に重くなっている。










「・・・で、またこんなに貰っちゃったんですね」

テーブルの上に大量に置かれているお菓子。

向かい側のソファに腰かける緑谷少年の言葉に私は項垂れながら「・・・うん」と頷いた。


「最初は小さくて可愛らしいラッピングのクッキーとかマフィンとかを貰う程度だったんだ・・・けれど日が絶つにつれて、袋が大きくなってきて、何時の間にか箱になってて、今じゃもう・・・」


「わっ、オールマイト!今日はロールケーキが丸々一本入ってます!」

「え!?その箱の中身ロールケーキだったの!?」

並べられたお菓子の中から一つの箱を開いた緑谷少年の台詞に身を乗り出す。


美味しそうなロールケーキ。あ、中身は苺だ。

私の頬につぅっと汗が伝う。


別にロールケーキが嫌いなのではない。名字少年の作るお菓子はどれも美味しいから、むしろこのロールケーキの味には期待しかない。

だが喜んでばかりではいけないのだ。私には大きな問題がある。それは・・・




「これは絶対に一人じゃ食べきれないですね」

「う、うん。流石に無理そうだ」


私の胃袋じゃ、全てを食べきることは不可能だという事実。

週に一回ならどうにか食べきれるだろう。しかし目の前にあるのは『一日に一回』の量なのだ。明日、また新たなお菓子が追加される。目の前のお菓子は今日中に食べきらなければ、後々が辛いのだ。


「多くなってきたって気付いた時点で指摘すれば良かったんじゃ・・・」

緑谷少年がドーナッツをもぐもぐ食べながら眉を下げる。私もロールケーキを切り分けながら同じように眉を下げた。



「名字少年の嬉しそうな顔を見ると断れなくて・・・」

「名字くん、クラスでも言ってましたよ。オールマイトは沢山食べてくれるから作り甲斐があるって」

その言葉に息が詰まる。あ、ロールケーキ美味しい。



「僕は正直、名字くんに申し訳ないです。名字くんがオールマイトのために作ったお菓子をこそこそ食べるなんて・・・」

「うっ」


「もう、はっきり言った方が良いんじゃないですか?」


名字少年から貰うお菓子が自分じゃ食べきれなくなっていることに気付き、慌てて緑谷少年に消費を手伝って貰い始めてしばらく。



緑谷少年の言うとおりだ。

折角名字少年が私のために作ってくれたお菓子を、私は無断で他の人に食べて貰っている。


これは紛れもない裏切り!名字少年が知れば、きっと悲しんでしまう。

これ以上彼を裏切るわけにはいかない!



「・・・よし、明日言ってみるよ」

「それが良いです。あ、オールマイト!このどら焼き、生クリームどら焼きです」

「えっ!?名字少年本当に凄いな!」

お腹はぱんぱんになってしまったが、相変わらず名字少年が作るお菓子は美味しかった。





そして翌日。

緑谷少年と協力し合い、何とかあの大量のお菓子を食べきった私はマッスルフォームでA組へと足を運んだ。



「名字少年!」

「え?オールマイト先生?」

授業以外で突然現れた私に当然名字少年は驚く。が、すぐに「どうしました?先生」と穏やかな笑みを浮かべて近づいて来てくれる。

正直言って包容力がカンストしている気がしてならないし、そういえば前にA組で最も彼女力が高いのは名字少年だという話題が出たのだと緑谷少年が言っていた気がする。・・・あ、いやいや、名字少年は別に私の彼女ではないのだから、今そんなことを思い出す必要はないはずだ。



「オールマイト先生?」

きょとんとした顔で私を見上げている名字少年。


今日こそは言うんだ!と誓って此処に来たはずなのに、名字少年本人を目の前にすると言葉が出てこない。

い、言い辛い。予想以上に言い辛いぞ!


ちらりと教室の中に目をやれば、緑谷少年が「頑張れ!」とでも言うように頷いている。よ、よし、言うぞ。




「名字少年。実は、君がくれたお菓子の件なんだが・・・」

「もしかして、昨日のお菓子お口に合わなかったですか?」


「え!?違う違う!君の作るお菓子は何時も美味しいよ!有難う!」

私の言葉に一瞬でも不安そうな顔をして名字少年の顔は明るいものへと変わる。

あ、危ない!言葉をしっかり選ばなければ、名字少年をただ傷つける結果になってしまう。


別に名字少年の作るお菓子には不満はない。むしろ、あのクオリティのお菓子を食べさせて貰えることに対する感謝すらあるのだ。

私がして欲しいのはただ一つ。・・・量を、減らして欲しいんだ!




「良かったです。それ聞いて、なんだか安心しちゃいました」」

「ん?え?」

おっと?雲行きが怪しくなってきたぞ?



「最初は単に作り過ぎたお菓子の消費をお願いしたかっただけなんですけど、オールマイト先生は何でも美味しいって食べてくれるから、僕も嬉しくなっちゃって・・・だから僕、先生に食べて欲しくてお菓子作ってくるんです」

「そ、そうなのかい!」


「気付いてました?僕がクラスで作り過ぎちゃったからって振る舞うお菓子と、先生に上げるお菓子、実は別物なんですよ」

何それ初耳だよ!思わず緑谷少年に視線を送れば、緑谷少年が何とも言えない表情で目を逸らした。み、見捨てないでくれ緑谷少年!




「僕、これからも先生にお菓子を食べて貰いたいです。迷惑だった時は正直に言ってくださいね?」

「は、HAHAHA!迷惑なわけないさ!」


「本当ですか?じゃぁ、またお菓子作ってきても良いですか?」

「もちろんだとも!」

しまった!と思った頃にはもう遅かった。

笑顔の名字少年は「じゃぁ、今日の分のお菓子持ってきますね!」と一旦私の傍を離れ、戻って来た時には昨日より幾分か大きくなった紙袋を私に渡した。




「沢山食べてくださいね」

にっこりと優しく微笑む名字少年に私は頷くしかなかった。






甘い拷問







「・・・言えませんでしたね」

「う、うん」

「美味しいですね、これ。何て名前のお菓子でしたっけ」

「えっと、今日はダックワーズとフロランタンと・・・あぁ、後はフォンダンショコラだったかな」


「・・・次は言えたら良いですね」

「・・・うん。あ、これも美味しい」

それっきり私も緑谷少年も押し黙ると、そのまま机に積まれた大量のお菓子の消費に勤しんだ。




戻る