×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





「あー!名字先生のお弁当可愛い〜!」



昼休み、食堂の前を通りかかった時、偶然にもそんな台詞を耳にした。

見れば教師であるはずの名字が生徒と共に席に着き、生徒達と談笑している。


大方一緒に席に着いている生徒の誰かに誘われでもしたのだろう。

別に名字が誰と昼飯を食っていても俺には関係ないのだが、何となく気になって足を止めた。



「もしかして彼女さんの手作りとか?」

「はははっ、残念ながら恋人はいなくてね。弁当を作ったのは僕だよ」

「えっ!自分で作ったんですか!?」


そういえば名字は普段職員室で弁当を食べているな。

席が傍じゃないからあまりよく見たことはなかったが、なかなかに美味しそうな弁当を食べているとマイクが騒いでいた気がする。



「名字先生って器用なのね。見直しちゃうわ」

「凄い凄い!しかも普通のお弁当じゃなくって、キャラ弁!」


「最近朝に余裕があってね。たまにこういうのも作ってるんだよ」

三十路の男が何をやってるんだ。

どんな弁当かと思えばキャラ弁か。キャラ弁の実物を見たことはないが、三十路の男が手にするには違和感がある代物なはず。



「しかもオールマイト!いいなー!」

「ははっ、卵が安くてね。今日はチーズオムライスにしちゃったよ」


卵が安い・・・そういえばこの間、ミッドナイトから「皆で飲みに行きましょうよ」と誘われた時、名字は「特売があるので!」と断っていたな。その時か?

・・・つーか、俺も結構名字のこと見てるな。まぁ学生時代は一つ下の後輩だったが、それ以外の接点はあまり思い浮かばない。




「髪の毛が卵で、顔はチーズなのね。美味しそうだわ」

「オムライスってことは中身はチキンライス何ですよね!朝から手が込んでる!」

「他のおかずも美味しそう」


大絶賛じゃねぇか。

正直その大絶賛のオールマイトキャラ弁とやらを少し見てみたい気持ちもあるが、何時までも食堂の前に突っ立っていたら他の生徒達が不審に思うだろう。

俺はその場から立ち去るために一歩足を踏み出す。



「あ!デザートまであるんですか!?」

「うん。良かったら皆も食べる?」

「良いんですか!?あ!相澤先生だ!」


一瞬俺がいることがバレたのかと思ったが、見れば生徒達は名前の手元にある小さな入れ物を凝視している。



「あれ?クオリティはそんなに高くなかったはずだけど、分かっちゃった?」

「赤い目と普段相澤先生が巻いてる布みたいなのが特徴ね」

「イレイザーミニ大福だよ。いくつかあるから、取って良いよ」


立ち去ろうと思っていた足は完全にその場から動かなくなる。

何やってんだ名字。本当に何やってんだ。



「薄く延ばしたお餅に粉を付けて、細切りにして巻いてるんだ。髪の毛も同じようにしてる。あ、色は食紅だよ。目の赤い部分は爪楊枝の先に赤の食紅を付けて、こう・・・ちょんっとね」

お前はヒーローじゃなかったのか。何時から職人になった。

現在は教員としての活動が主だが名字も列記としたヒーロー。そこそこの体格がある。そんな男が爪楊枝片手にちまちました作業を・・・普段からマメなヤツだとは思っていたが、これほどまでとは。



「可愛い!何だかこういうグッズ売ってそう!」

「オールマイト饅頭とかはお土産屋さんとかで売ってるよね!」

「食べるの勿体なーい!でも美味しそう!」

口々に大福を褒めちぎる生徒達の手に一人一つずつ大福が渡るが、此処からじゃ少し遠くてその大福の詳細はよく見えない。


・・・今更だが、俺がこうやってこそこそ様子を伺う必要はあるのだろうか。いや、突然あの和気藹々とした空間に足を踏み込むのもはばかられる。




「でもあえて相澤先生なんですね。もっと作りやすいヒーローいそうなのに」

「13号先生とか?」

「あ!凄い大福向き!」

確かにな。あれの方が特徴的で作りやすいだろう。



「はははっ、単純に僕がイレイザーヘッドのファンだからかな」

「え!名字先生って相澤先生のファンだったんですか!?」

「まぁね」

何だそれ、初耳だぞ。


とか言って、普段俺と全然関わってこねぇだろお前。

書類の受け渡しとか連絡事項とか、ほぼ必要事項しか喋らない癖に。いや、合理的だと普段評価しているが。



「でも名字先生が相澤先生とお喋りしてるとこ、見た事無い」

「担当クラスも違うしね。それに、相澤先生はお喋りとか苦手そうだし、しつこくして嫌われたら流石に傷ついちゃうからさ」


「先生って意外と乙女ね」

「三十路のおじさん相手に乙女かぁ、蛙吹さん言うねぇ」

笑いながら言ってるが、お前何言ってんだ。流石の俺も話しかけられたぐらいで嫌ったりしねぇぞ。どんだけお前の中の俺は心が狭いんだ。・・・まぁ、マイクあたりがしつこく喋りかけてきた時はうんざりして無視したりもするがな。




「っと、お喋りしてたら結構時間経っちゃったか。そろそろ急がないと・・・ほら、皆も急がないとお昼休み終わっちゃうよ」

名字の言葉で生徒達はまだ食べ終わっていない昼食を慌てて食べ始める。

生徒より先にさっさと食べ終えたらしい名字は弁当をまとめると席を立った。


「先生、イレイザーミニ大福は相澤先生にはあげないの?」

「いやー、本人に本人を模した大福あげるって、結構キツいなぁ」


「相澤先生きっと喜んでくれるよ!」

「はははっ、有難う。まぁ気が向いたらね」

生徒達に笑いかけ、名字が食堂の入口へと歩いてくる。

それと同時に俺はあくまで自然に、歩き出した。盗み聞きしていたのは事実でありそれを若干後ろめたく思ってもいるが、それに対しあからさまな態度を取ってはならない。




「あれ?相澤先生」

「・・・珍しいな名字、今日は食堂か」

「生徒に誘われまして」

お弁当持参ですよ、と持っていた弁当箱の包みを見せられるが、知っているため「そうか」とだけ返事をした。いや、知らなくても「そうか」としか言わない気がするが。


「昼からA組は実技でしたね。相澤先生も頑張ってください」

「あぁ」


「では失礼します」

おい待てそれだけか。

いや、確かに何時もこんな感じだ。だからこそこいつが俺のファンだとか全然知らなかったわけで・・・


いやいや待て、俺は何を考えている。何故名字のこの合理的で無駄の無い会話に対し「それだけか」と思ったのか。普段と何ら変わりないのに、何を突然。ファンだと知ったからか?名字が合理的な会話しかしない理由を知ったからか?



「おい名字」

「はい?」

驚いた面持ちの名字が振り返ってこっちを見る。

そりゃ驚くだろうな。俺だって驚いてる。


「もう一つの入れ物、まだ何か入ってるだろ。まだ昼の時間は残っているが、食わなくても良いのか」

「え?あぁ、これですか。実はデザートも作って来たんですが、余らせてしまって」


一瞬そんなことを指摘されて驚いていた名字はすぐに笑顔で小さい方の入れ物の中身を説明した。知っているがな。

というかわざわざそんなことを指摘するなんて、俺らしくない。名字が驚くのも仕方のないことだ。




「相澤先生はもうお昼は食べましたか?」

「あぁ、何時ものを」

「ゼリーですか。駄目ですよ相澤先生、ヒーローは身体が資本なんですから、ちゃんと食べないと」


何時もは一言二言しか会話しないから名字も困惑しているのかもしれない。何時もならあっさり終わるはずの会話が不思議と続いているせいで、名字は次第に「えっと」と言葉を失っていった。

呼び止めた癖に俺が話題を提供しないせいでもあるが、これはこれで面白いと思ってしまったためこのまま続行する。



「あー、実技は何をする予定で?」

「ヒーロー役・敵役・人質役の三組に分かれた救助訓練をするつもりだ。人質役が何処に隠されているかは敵役しか知らない。・・・まぁ大規模なかくれんぼみたいなものだな」


「良いですね。人質が何処にいるかわからない状況下での戦闘も十分あり得るから、現実的な良い訓練になると思います」

「そうか」

「・・・・・・」

また沈黙。名字が笑顔のまま困ったように視線をうろうろさせる。



「なぁ」

「は、はい」

びくっと名字の肩が震える。

俺から話しかけたのだから、しつこいと嫌うわけはないのに。




「ゼリーだけじゃ足りなかったらしい。小腹が空いたから、そのデザート寄越せ」

「えっ」



「余ってるんだろ?それとも、別のヤツにやる予定でもあるのか?」

「予定はないですが、えーっと」

困ったような名字は俺と入れ物を交互に見比べると、眉を下げた。



「素人の男が作ったものなので、味の保証も無いですし・・・」

「腹に溜まれば良い」


今日はやけに押しの強い俺に名字はついに「相澤先生、もしかしてさっきの食堂での会話、聞こえてました?」と困ったような顔のまま言った。

俺は悪びれも無く「まぁな」と言うと「やっぱり」と名字は肩を落とす。まぁあれだけ不自然に名字を呼び止めればバレるのも当然だ。




「中身を知ってるのにそんなこと言うなんて、相澤先生も人が悪いですね」

「俺の顔なんだろ?見せろ」


「仕方ないですねぇ・・・」

苦笑しながらぱかりと入れ物を開いた名字。その中身を覗き込めば、会話通りの俺っぽい大福が鎮座していた。完全一致ではなく、あくまで特徴を加えただけの大福だが、一目で俺だとはわかる出来栄えだ。・・・コイツ、本当に器用だな。



「俺はこんなに可愛くねぇ」

ひょいっと指でつまみあげれば名字の口から「あっ」と声が漏れ出す。


「食っても良いんだろ?」

「既に掴んでるのに何言ってるんですか」

名字の苦笑を無視して「それもそうだな」と言いつつ大福を一口。ミニ大福というだけあって、大福はすぐになくなった。

名字が俺をじっと見ている。


「俺はもう少し甘さを控えたものの方が好きだ」

「ははっ・・・覚えておきます」

空っぽになった入れ物を片付けながら返事をした名字。
そろそろ昼休みが終るな、今日は此処までにするか。名字も時間に気付いたらしく「相澤先生、そろそろ移動しましょう」と促すように言った。



「名字」

「はい、今度は何ですか?」

先程のやり取りで名字は俺からからかわれたと思っているのか、その表情は困り顔のままだ。





「俺は嫌われるかもしれないからって話しかけてこないヤツよりも、好かれるために話しかけてくるヤツの方が好みだ」





それだけ言って名字に背を向けると、背後から「えっ」という声が聴こえた。







キャラ弁食べたい








「相澤先生、おはようございます」

「あぁ」

「聞いてくださいよ相澤先生。今朝、来る途中にいた猫が可愛くてつい写真を撮っちゃって――」

翌日から名字がよく喋りかけてくるようになった。

ニヤニヤと笑うマイクから「名字と何かあったのか?」と聞かれたが、もちろん無視した。




戻る