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あんな野蛮で悲しい世界からついに僕は抜け出すことが出来たのだと、心の底から歓喜した。


もう壁の向こう側の残酷な現実を見なくても良いんだ。

もう自分が何時喰らわれてしまうのか、何時自分の大事な人達が喰らわれてしまうのかと怯えなくても良いのだ。

もう、もう、壁の中の家畜に成り下がらなくたって良いのだ。




「また敵ですって。怖いわね」




「・・・ヴィラン?」

子供用の椅子に座り、前世とは違い随分と豪勢な食事を口にする。


前世ではその名すら知ることがなかった母親が、今の僕にはちゃんといる。息子の僕を愛する、間違っても赤ん坊の僕を地下の掃き溜めに捨てたりなんかしない、真っ当な母親が。

その母親は言う。この世界にはヒーローと敵が存在するのだと。



僕はまた絶望した。

なんてことだ、この世界は折角手にした安息を自らの手で踏みにじっているのか!と。


外に壁はない。世界は広い。間違っても、壁の向こう側にいる存在に恐怖する必要はない。

なのに、なのに、何故壁の向こう側の存在がいなくなったら、今度は同じ人間同士で争うのか。何故、何時か突然『あの恐怖』がまた世界に蔓延するのだと想像しないのか。



「大丈夫よ、ヒーローが守ってくれるから」



嘘だ。

ヒーローなんてこの世界にはいない。


いるのは人間と、その敵だ。

しかもこの世界では、その敵もまた人間だ。


わからないじゃないか。どれが敵なのか、どれが味方なのか。

誰を信じれば良い?誰が敵なんだ?誰が、誰が・・・




「そうだ。名前は将来何になりたい?」

母親は笑顔で問う。

僕は、僕が『恐怖』を抱かなくても良い世界に・・・



「まぁ!貴方はヒーローになりたいのね!」



そんな存在になりたいわけじゃないんだ。

けれどそれがもし、僕自身を守る存在になれるなら、僕は――















「・・・東光中出身、名字名前。よろしく」

隣の席に座っていたそいつはそれだけ言うと窓の方へと顔を向け、そのままこちらを向くことはなかった。


俺が言うのも何だが、その表情は乏しく、何だか人形みたいなヤツだった。

雄英に入学してからしばらく、隣の席のそいつとの会話は殆ど無い。

いや、そいつとの会話が無いのは他の奴等も一緒だろう。


そいつはただただ自分の席に座って、ただ只管に窓の外を眺めている。

あまりに熱心に眺めているから、窓の外に何かあるのかと上鳴が尋ねているのを聞いたことがある。その時そいつは何と答えたか・・・あぁ、そうだ。


『広い空がある』


そのままじゃん!と上鳴は言っていたが、俺は何だか変な感じがした。

まるで、広い空があるのが当たり前じゃないかのような、そんなニュアンスを感じた。





「ほら名字!見てみろよコレ!やっぱえろいよなぁ、マウントレディ!」

名字相手に何をやっているんだと周囲が呆れる中、峰田は名字の目の前に雑誌を突き出した。

窓の外を見ていた名字の視線がゆっくりとその雑誌に映る。



「・・・あっ」

小さく名字が声を上げた。


雑誌に釘付けになった名字に峰田は「やっぱり名字も良いと思うだろう!?」と興奮したような声を上げる。

名字はそんな峰田なんか視界に入っていないかのように、突然席を立った。


名字?と声を掛ける峰田を無視して、すたすたと教室から出て行く名字。

突然出て行ってしまった名字に峰田は驚きつつも特に気にしてないのか「うっひょー!このアングルたまんねぇ!」と雑誌に興味を戻した。


俺は何となく名字が気になり、自分の席を立つ。

教室から出て廊下を見渡すが、名字の姿は見えない。

まぁわざわざ捜してやる理由はないのだが、教室を出て何もせずに戻るのもなんだと思い、取りあえずトイレにでも行くかと歩を進めた。


異変に気付いたのは、トイレに一歩足を踏み入れてからだった。




「名字?」

「はぁっ、はっ・・・」

トイレの床に座り込み、胸を抑え呼吸を乱す名字に駆け寄る。



「おい、大丈夫か!」

「っ、う・・・あ、轟、くん」


苦しむそいつにどうすれば良いのかわからず、取りあえず教師の誰かを呼びに行こうとする俺の腕を「待って、大丈夫、だから」と掴む名字。

どう見たって大丈夫そうではないが、名字を置いていくことへの不安を感じ、取りあえずは名字に従った。



「だい、じょうぶ。大丈夫、壁はない、壁はない・・・」

「名字?」

自分に言い聞かせるように言葉を口にする名字。

けれどその言葉の意味は俺にはわからない。


壁って何だ?

「壁はっ、壁は、ない・・・あれ?壁がない?敵がいるのに?壁がないのか?何で?壁がないと、死んじゃう、死んじゃうじゃないか・・・壁が・・・」

壁が壁がと繰り返す名字の肩を掴んで「おい!」と揺さぶる。



「しっかりしろ!」

やっぱり教師を呼ぶべきか?と名字から離れようとすると、ぐっと引っ張られた。

名字の身体が触れる。抱き付かれているらしい。


こんなに近くに名字がいるのは当然初めてのことで、俺はどんな反応をしたら良いのかわからず、そのままそれを受け入れることにした。明らかに怯えている名字を突き放す程、冷たくはない。



「助けてっ、死にたくない・・・」

「大丈夫だ」

思わず、ほぼ反射的に言っていた。

名字が俺を見る。今更気づいたが、名字は今にも泣き出しそうな顔をしていた。




「大丈夫?」

「あぁ。お前が何に怯えてるのか知らねぇけど、もし何かあったら絶対助けるし、他の奴等もたぶんそうだ」


名字はけして悪いヤツではない。話しかければ必ず返事をするし、誰かを見捨てたりするようなヤツじゃない。

おそらく名字は、クラスメイトの誰かが危機に陥れば必ず助けるだろう。それと同じだ。



「・・・わからない。誰が敵で、誰が味方なのか」

ぽつりと名字の口から零れるたのは、たぶん本音だ。


「少なくとも俺は味方だ」

「・・・轟くんは、味方なの?」

「俺だけじゃねぇよ。少なくともA組は皆、お前の味方だ」

そう言った瞬間、名字が俺から離れた。



「有難う。もう大丈夫だから」

「本当か?」

「うん。轟くん、あのさ・・・」

名字は俺を真っ直ぐ見つめ、それからゆっくり視線を逸らした。

何故だか悲しそうな顔をして、唇を噛んで・・・




「轟くんは、どうか敵にならないで」

もう仲間だと思っていた敵に刃を向けるのは沢山だ。




そう言った名字は先程の様子が嘘のようにしっかりとした足取りでトイレから出て行った。






もうたくさんだ







それから少しだけ、名字はクラスメイトと喋る様になった。



あとがき

進撃との混合。
主はたぶん進撃の主人公組と同期。地下街出身。

進撃世界では、最期仲間を庇って自分が食われたけど、食われる直前に恐怖爆発。
今世では巨人が存在しないと知り安心してたけど、今度は敵という存在に恐怖爆発。
巨人は見た目でわかり易かったけど、敵はパッと見じゃわからないから現在絶賛絶望中。
自分の力で生き延びるためにヒーロー科に入ったけど、ヒーローになりたいわけじゃない。生き残りたいだけ。

余談だが、前世ではアニ達と仲が良かった。が、裏切られた。地下街出身な彼の初めての仲間に裏切られたからか、完全にトラウマになってる。




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