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「告っちゃえば良いよ!」
「えっ!?」
最近知り合ったヒミコちゃんという子に連れられてやって来てからその後、よく来るようになった隠れバー的な場所に僕の間抜けな声が響く。
驚きのあまり手に持っていたグラスをひっ倒しそうになってしまったが、何とか食い止めた。危ない危ない、折角バーのマスター(と僕は勝手に思っている)の黒霧さんが淹れてくれたカフェオレを零してしまうところだった。
「と、突然何てこと言うんだよヒミコちゃん!というか痛い!ナイフ刺さってる!」
「名前くんは恋愛に奥手過ぎなんだよー!思い切りが一番!」
「ヒミコちゃんのナイフの刺さりっぷりも思い切りが過ぎる!ちょっ、一旦抜いて!」
抜いて抜いてを連呼すればヒミコちゃんを頬を膨らませながらもナイフを抜いてくれた。あぁ、酷い出血・・・
血がだらだら流れる手の自分の口元まで近付け、そこをべろりと舐める。
すると傷はみるみる塞がり、残るのは真新しい血の痕だけとなった。
「どうぞ、名字くん」
「あ、どうもです黒霧さん」
黒霧さんが渡してくれた紙ナプキンで手を綺麗に拭えばもうそこには何も無い。
「わー!相変わらず名前くんの個性すごーい!まさに『舐めときゃ治る』だね」
「とか言いつつ再び刺そうとするのは止めてよヒミコちゃん」
「名前くんの個性、凄いけど嫌ーい!」
ざくざくと今度は手どころか腕まで刺されて悶絶。そう言えば初めてヒミコちゃんと出会ったときもこんな感じだったな。
薄暗い夜道で突然声を掛けられたかと思えばお腹をぶすぶす刺されて、慌てて個性発動で傷を急激に治して・・・
個性の発動条件は『唾液』で、僕の唾液が触れた部分の怪我はどんなものでも治る。ただし、外に露出した怪我でないと駄目。もし骨折とか内臓に怪我をしたりした場合、一度傷口を露出・・・ようは更に傷つけてしまわなければならない。
「ヒミコちゃん、嫌いなんてはっきり言わないでよ、傷つく・・・」
「ごめんね!けど、名前くんが治療する時のは好き!血がびっちゃびちゃ!」
「あれは、骨折を治せって言われたから・・・」
しかも肋骨の骨折。わざわざ脇腹からナイフを思い切りぶっささなくちゃいけなくて大変だった。おかげで全身血みどろで、ヒミコちゃんには「名前くん素敵!」と褒められたっけ。・・・まぁ、他の人達はドン引きだったけど。
このバーに遊びにくるようになってから、何だか少し危な気な知り合いが増えた。ヒミコちゃんや黒霧さんもだけど、他にも沢山。
本当はこういうとこ、来ちゃいけないのだろう。でも僕はつい此処に足を運んでしまう。
気を抜けばすぐに刺してくるけどヒミコちゃんは案外楽しい子だし、黒霧さんの出してくれる飲み物は今のところハズレ無しだし、たまに会う他のメンバーも気が向けば一緒に喋ったりしてくれるし、何より・・・
「ねぇねぇ!何時告白する!?来たらすぐ!?」
「だ、だから、告白とかするつもりないし・・・」
「えー!弔くんも絶対喜ぶよー!」
「喜ぶわけない!むしろ軽蔑される!」
お願いだからその名前を口にするのは止めて!と耳を塞ぐ。
ヒミコちゃんが『弔くん』と呼ぶ人、死柄木弔さん。たぶんこのバーにいるメンバーの中で一番偉い人。
初めて会った時は出会い頭に肩をぼろぼろにされ、慌てて肩に唾を吐きかけ事なきを得た。
もしあの時ぼろぼろにされたのが背中だったらと思うとゾッとする。手に唾を付けて背中に手を伸ばせばなんとかなるが、僕の身体は割と固いのだ。傷の痛みは治るが筋を痛めた場合はどうすることも出来ない。
僕の肩の傷、というよりぼろぼろに崩れ去る直前だった肩が急激回復した光景を間近で見た弔さんは「何お前、回復系?」と呟くとそのままあっさり僕への攻撃を止めた。
その後僕がこうやってバーに遊びに来ても特には何も言わず、たまに「おい、ちょっと治療しろ」と声をかけて来たりする。バーで飲み食いをタダでさせて貰ってるし、そんなの朝飯前だ。
「何でなんでー?だって、好きなんでしょ?」
「ひ、ヒミコちゃんの恋愛観と僕の恋愛観全然違うし!僕は、その・・・見てるだけでも十分幸せだし」
「名前くん気持ち悪ーい」
「・・・泣いても良い?」
ヒミコちゃんはド直球な言葉で僕を傷つける。もう泣きそうだ。
机に突っ伏し少しだけ鼻を啜れば「だってー」という声が上がる。
「だってだってだってー、見てるだけじゃつまらないもん。あ!じゃぁ、私が弔くんを切ってあげようか!そしたら、名前くんがぺろぺろ出来るよ!」
がばりと顔を上げた。とても聞き捨てならない効果音が聴こえた。ぺろぺろは止めて欲しい、ぺろぺろは。
「その言い方止めて!というか、そんなことしたらヒミコちゃんが怪我しちゃうから駄目!」
「えー?私はぺろぺろしたくないの?」
「嫁入り前の女の子をそう頻繁に舐めたりしちゃ駄目でしょ、普通」
治療方法がこれしかないにしたってあんまりだろう。
でも流石に唾を吐きかけるとか何か喧嘩売ってるみたいな感じがするし、自分の手に唾をオエーッて出してから相手の傷口に塗るのも何か汚い感じが増すし、結果舐めるしかないわけで・・・
それに分泌された唾液をそのまま傷口に塗りつける方が治癒力が増すのだ。一度瓶にためておいた唾液での治療を試してみたけれど、直接舐める治療と比べて回復力ががっくり落ちてしまう。やっぱり直接舐めるのが一番らしい。
「あ!弔くん!」
自分の個性について考え直しているうちに突然ヒミコちゃんが声を上げる。
そのの声に釣られて見てみれば、弔さんが帰って来ていた。
「こ、こんにちは弔さん」
僕が緊張しつつ挨拶をすると、弔さんは無言のままこっちに歩いてくる。
「おい名前、舐めろ」
「・・・せめて『治療しろ』にしてくださいよ、弔さん」
「うるせぇ、さっさとしろ」
挨拶も無しにずいっと腕を口元に近づけられ、僕はしぶしぶ舌を出す。
腕にあるのは薄い切り傷。確かに血は滲んではいるものの、自然治癒でも十分治るレベルだ。
しかし弔さんは僕という『さっさと傷を治せる人間』が傍にいるせいか、すぐにこうやって治療を求めてくる。酷い時には「おい、逆向けどうにかしろ」と一ミリにも満たない傷口を見せられる。
・・・まぁ、好きな人の怪我ならすぐにでも治してあげたいし、全然構わないんだけれど。
小さく細い傷口にべろりと舌を這わす。
ぴくっと震える弔さんの腕を掴んで、丁寧に。
べつにひと舐めでも良いけれど、傷一つ残さず綺麗に治療するならこれが一番だ。
弔さんはあまり日光に当たらないのか肌が白くて、傷が目立つ。だから出来る限り綺麗に治療してあげたい。
「はい、出来ましたよ」
仕上げに紙ナプキンで腕を拭ってあげれば、もう傷がどこにあったかすらわからない完璧な仕上がり。うん、我ながら完璧だ。
腕から手を放せば弔さんはその腕をしげしげと見つつ「へぇ、何時みても凄いもんだな」と少しにやりと笑った。
褒められれば嬉しいし、好きな人からだと猶更だ。
内心大分舞い上がりつつも努めて冷静に「それほどでも」と返事をする。さて、治療が終れば弔さんの僕に対する用事は終わりだ。僕は残ったカフェオレを飲んで、そろそろ帰ろうかな。
「ねぇねぇ弔くん!名前くん、弔くんのことが好きなんだって!」
「はっ!?ちょっ、ヒミコちゃん!?」
突然弔さんの方へと身を乗り出したヒミコちゃんの台詞に思わず大声が出た。カフェオレに伸ばしかけていた手もグラスががっつり当たってしまい、カウンターテーブルの上にぶちまけてしまう。
慌てて「あぁっ、ごめんなさい!」と黒霧さんに謝れば「大丈夫ですよ、拭いておきます」と黒霧さんがてきぱきと後片付けをした。本当に申し訳ないけれど、今はヒミコちゃんの失言の方が大事だ。
なんてことを言うんだヒミコちゃん!僕が言わないからって勝手に言ってしまうなんて!
そもそもヒミコちゃんは『恋愛』に関して察しが良すぎるんだ。僕がそれとなく弔さんを褒めただけなのに「あ!名前くんって弔くんのことが好きなんだね!」って!察しが良すぎる!
あぁっ、弔さんに絶対気持ち悪がられる。折角回復系の個性だから此処にいさせて貰えるのに、もう此処にこれない・・・つまり弔さんに会えなくなってしまう!
そんなの無理!あぁ、本当になんてことをしてくれたんだ、ヒミコちゃ――
「マジか、ちょー嬉しい」
「へっ」
「俺も好きだから両想いか」
「えっ!?」
ちょっと今日、僕の耳が可笑しいかもしれない。
嬉しい?両想い?
どんな言葉と聞き間違えたらそんな言葉が聞こえるんだろう。
「両想いだし、付き合うだろ?だよな、名前」
「えっ、あ、えっと・・・」
「あ?」
「よろしくお願いします」
何か文句あんのか?と自分の手をちらりと僕に見せてきた弔さんに、僕は慌てて頭を下げた。
「え、えと、じゃ、じゃぁ僕はそろそろ」
「まったねー、名前くん」
ヒミコちゃんに「うん、またね」と返事をし、僕は逃げる様にバーから出て行った。
バーから出た瞬間、口元のにやけが治まらないし顔が熱いし、下手すれば不審者として通報されかねない表情になってしまった僕は唐突過ぎる恋の結末に対する喜びを隠せずにいるらしい。
ぺろぺろぺろりん
「一々わざと傷を作って彼に治療させる必要はなくなりましたね」
「うるせぇ黒霧、殺すぞ」
名前が帰った後、死柄木はちらりと自分の腕を見る。
そして口元がにやけるのが隠しきれないまま、その腕にキスをした。
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