※『パパが帰って来た』シリーズ。
目が覚めたら服が弾け飛んでいた、と言ったら聞いた人はどんな反応をするだろうか。
何を馬鹿なことを言っているのだと失笑するだろうか。
私の目の前に広がっている光景は悲惨の一言に尽きる。
眠る前に着用していたはずの服がベッドの上に無残に散らばり、その残骸を着用していた私は当然裸で・・・
姿だけは子供の私が裸なのは別段悲惨でもなんでもない?確かに、ただ裸の子供というだけなら描写さえ間違えなければ悲惨さの欠片もないだろう。
しかしながら、だ。問題は裸であることではない。いや、裸であることも十分問題ではあるのだけれど。
服の残骸から視線をずらし、自分の手を見る。
そこにあるのは子供らしいふくふくとした手ではなく・・・大きくて少し筋張った男の手。
手だけではない。腕も胴体も足も、全てが私自身を『大人』と称するに相応しいものへと変わっていた。
前世の記憶を持って今の姿へと生まれ変わった私でも、流石にこれは驚くしかない。たった一日で子供から大人へ?一体どんな原理でこんなことに・・・
全裸の状態で悩み始めて数分。流石に肌寒さを感じシーツを被った時、不意に部屋の扉がノックされ柄にもなくビクリと身体が震えた。
しまった。普段なら誰よりも早く起きて息子達を起こしに行く私がなかなかやってこないことを不審に思ったのだろう。
ノックの強さからして部屋の前にいるのはボー。可能性として、その後ろに無言のヴィンセントがいるのも考えられる。レスターはたぶんまだ寝ている。
息子達の行動を推測するなら、今この状況は私にとってあまり良いものではない。
昨日まで父親(小)がいたはずの部屋に、見知らぬ全裸の男が居たらどうする?
まず間違いなく殺傷事件に発展するだろう。死んで生まれ変わってから息子達のアグレッシブさを見てきた私にはわかる。
「パパ?まだ寝てるのか?パパー?」
コンコンよりもゴンゴンに近いノックの音が不意に止まる。おそらく傍にいると思われるヴィンセントが止めたのだろう。現に「あぁ!?何で止めるんだよこのバケモノ!」と声が聴こえた。・・・後でボーはお説教だ。
それにしても今のこの状況はマズい。マズ過ぎる。
このまま部屋の中に立てこもって解決策を探すには無理がある。
どうすれば良い。
・・・おや、そういえば私は部屋の鍵を閉めてるだろうか。息子達が何時でも来て良いように、普段は鍵を開けて――
ガチャッと扉が開いた。
終ったな、と私は思った。
「・・・やぁ、おはよう。ボー、ヴィンセント」
片手を上げて苦し紛れに朝の挨拶をすれば、扉の前で目を丸くしているボーとマスクで見えないけれどおそらくボーと同じ表情をしているであろうヴィンセントと目が合った。
気まずいとはこのことを言うのか。いや、私にしてみればもはや余命幾許の瞬間なのだけれど。
「信じられないかもしれないが、突然身体が大きくなってしまったんだ。けして侵入者でもましてや変態でもない。信じておくれ」
はっきり言えばこれは命乞いだが、二人はどう受け止めたのだろうか。
ボーがつかつかと近づいてきた、ずいっと顔を近づけてくる。ヴィンセントは私の身体をぺたぺたと触っている。
「・・・パパなのか?」
「あぁ、そうだよ」
信じて貰えるだろうかと心配になる私だったが、私が被っているシーツを捲ろうとするヴィンセントに「こらヴィンセント、悪戯は止めなさい」と注意すると案外あっさりと信じて貰えた。
驚いていないわけではなさそうだけれど、よくよく考えれば死んだ父親が子供になって戻ってきたことの方が驚きだ。子供から大人になったことなんて、比べてしまえば案外小さなことだったのだ。
それでも驚いていない訳ではないのか、二人して私の身体に触れたり私が私であることを確かめるための質問をしたりを繰り返していた。
ボーの服を借りた私は「驚かせてすまなかったね」と息子達に謝る。
しかし返事は無く、代わりに息子達は食い入るように私を見つめていた。
まぁ気持ちはわからなくもない。昨日までは子供だったはずの人間が大人になっているのだ。怪奇現象以外の何物でもない。
「私を見るのは構わないけどね。私だって驚いているし」
踏み台を使わずとも料理が出来ることに対して内心感動しつつも完成させた朝食を息子達の前に出せば、私をまじまじ見ながらも器用に咀嚼し始めた。
「なぁ、パパー、それって何時戻るんだ?」
「さぁ私には何とも言えないよ。きっと大きくなったのと同じように、元に戻るのも突然だと思うけれど」
「へー。まぁ、身体がデカイだけで何時もと変わらないけどな」
そう言って笑いながら朝食を掻き込んだレスターに「それもそうか、有難うレスター」と返した。
何時突然戻るかわからないが、もう戻らない可能性だってある。けれど今はそれを気にしなくたって良い。
良い機会だと思って、普段は出来ない高い場所の掃除でもしよう。普段は息子達に頼むしかなかったけれど、今のこの身長なら何ら問題ない。
朝食を食べ終えた息子達の食器をまとめて片付け「さて、今日は良い天気だから布団も全部洗ってしまおうか」と笑った。
シーツも掛け布団も全て洗って外に干した。白いシーツが風に揺れてはためく光景は見ていて気持ちが良い。
爽やかな気持ちで家の中へと戻ってきた私は、脚立に乗って廊下の電球を取り換えているボーを見つけた。そういえば昨日頼んだ覚えがある。
ぐらぐらと揺れている脚立。見ているだけで冷や冷やしてしまう。
「あ!パパ!」
こっちに気付いたボーが嬉しそうな笑顔でこっちに手を振った瞬間、ぐらついていた脚立が本格的に傾き始めた。
ボー!と声を上げながら手を伸ばし、落下してきた身体を受け止める。
傍でパリンッとガラスが割れる音とガタンッと脚立が倒れる音がした。
私の腕の中でぱちぱちと瞬きを繰り返すボーに「怪我は?」と問いかけた瞬間、ボーが私の首に腕を回して抱き付いてくる。
「パパ!」
「あぁ、こらこらボー、危ないから止めなさい」
ボーを落とさないようにしながら注意するも、何やら興奮しきっているボーの耳には届いていないらしい。
「ボー、一体どうしたんだい?ボー?」
「パパに抱っこして貰うなんて、何年ぶりだかわかんねぇ」
その言葉に少し息が詰まる。
「・・・そうだね、ボーをこうやって抱っこしてあげたのは、何年ぶりだろう」
ボーだけじゃない。最後に息子達をこの腕に抱いたのは何時だっただろうか。上手く思い出せない程に昔だ。
自然とボーを抱く腕に力が籠った。
口元に自然と笑みが浮かぶ。
そうか、今の私だとこの子達を抱き上げてやることも出来るのか。
「おや、ヴィンセント」
ガラスが割れ、脚立が倒れる音を聞き付けたらしいヴィンセントが廊下の角から顔をのぞかせていた。
ついつい笑いながら手招きすれば、たたっと早足でこちらに近付いて来る。
私の傍まで来たヴィンセントは私の服の裾をくいっと引っ張りながら、小さく小さく声を上げた。
「・・・パパ、抱っこ」
あぁ、息子達が可愛くて可愛くて仕方がない。
パパが大きくなった
「うわっ、パパ何やってんだよ」
「・・・ははっ、ボーとヴィンセントがどちらが抱っこされるかで喧嘩をしてしまってね。もう同時にするしかないと思って、こんなことに・・・」
ヴィンセントを抱っこしながらボーをおんぶしている私の姿に、帰宅してきたレスターは呆れたような顔をしつつも「んじゃ、次は俺な」と何処か楽しそうな声を上げた。
あとがき
パパが大きくなりました。
たぶん息子達よりも大きいと思います(成人超えた息子を二人も持ち上げられるぐらい力持ちです)。
子供の姿じゃ高い場所の掃除とか息子達に頼むしかないので、大きくなったパパはこれを機に大掃除を始めると思われます。