大倶利伽羅という刀がいる。
数いる刀の付喪神の一人であり、慣れ合いを好まない一匹狼のような刀だ。
しかし彼だって、昔からそうであったわけではない。
これは遠い昔の話。彼がまだただの刀であった頃、『とある刀』に出会った。
とある刀は名も無い刀匠が生み出した、生涯でたった一振りだけの最高傑作。
伊達家の家臣の一人がその刀を手にしていたが、その家臣も大きな手柄を立てることは無く、結局その刀が名を馳せることはなかった。
しかしながら彼は美しくも強い刀であったと、大倶利伽羅は記憶している。
持ち主であった男もそうであったが、その刀は多くは語らず、だがしかし刀としての実力は申し分なく・・・
名も生まれも関係ない。必要なのは刀としての実力である。
まるでそれを物語るかのようなその刀の姿に大倶利伽羅は魅せられた。
尊敬し敬愛していたと言っても過言ではなく、どうやったら彼のように格好良くなれるか悩みさえした。
格好良く、という単語に彼とは別の伊達の刀を思い出すだろう。大倶利伽羅とて伊達の刀。格好良くなりたいという意識はある。
単に格好良いと思ったものが、もう一振りとは違っただけ。
要は憧れの人をリスペクトするがあまりに、そうなったのだ。
大倶利伽羅を昔から知る伊達のもう一振り、燭台切という刀がいるが、彼が一匹狼を気取り始めた理由を知っているからこそ、彼がそういう発言をする度に微笑ましく感じているようだ。
憧れの人、否、刀との出会いからどれ程の月日が経ったか。審神者という存在が彼等を『付喪神』としてこの世に呼び出し肉体を与え、歴史修正主義者との戦に臨んだ。
大倶利伽羅も呼び出され、肉体を与えられ、己の手で己自身を振るい戦い続けた。
そんなある日のことだ。
彼の主である審神者に頼まれ頼まれ仕方なく手伝った鍛刀。
馴れ合うつもりはないと言いながらもしっかりと職務を全うした彼とそんな彼にほっこりとしていた審神者の目の前で桜が舞う。
「名前だ。悪いが馴れ合うつもりは無い。語るような話も、俺には無いからな」
彼の自己紹介を聞いた世の審神者は「おや?」と思うはずだ。
これと同じような自己紹介をする刀が既にいなかっただろうか、と。
それはこの本丸の審神者も同じことで、思わず隣を見た。
隣に立つ大倶利伽羅は・・・
普段は見られないようなぽかんとした表情のまま、その場に立ち尽くしていた。
その時点で審神者は様子が可笑しいと思ったが、今は新しく仲間になった刀剣の方を優先しなければならない。
自身が審神者である今世の主であることを伝えると、名前から帰って来た返事は「そうか」だけ。
え?それだけ?と思わず口にすれば「言っただろう、馴れ合うつもりは無いと」と返される。大倶利伽羅で慣れてきていたとはいえ、ちょっぴり傷つく。
審神者の心情を知ってか知らずか、名前は審神者の隣に立っていた大倶利伽羅を見てぱちりと一つ瞬きをした。
「お前は確か伊達の・・・あぁ、大倶利伽羅だったか」
大きく大きく見開かれる大倶利伽羅の目。
審神者が「あ、大倶利伽羅のこと知ってるんだね」と声をかけると、名前は大倶利伽羅を、というよりも大倶利伽羅の手にある刀を見て言った。
「その見事な倶利伽羅竜、忘れるわけもない」
思いもよらぬ称賛の言葉。
「み・・・」
大倶利伽羅の口から小さく零れる声。
み?と審神者が首を傾げる。
「み、つ・・・光忠ぁぁぁぁぁああああッ!!!!!!」
次の瞬間、大倶利伽羅が叫んだ。
審神者が「え!?何事!?」と驚く中、すぐに「どうしたんだい!?」という声と共に燭台切が鍛刀部屋へと乗り込んできた。
そして名前の姿を見た瞬間、その顔に驚きの表情を浮かべるもすぐに燭台切は何やら納得したような顔をする。
叫んでそのまま固まってしまっている大倶利伽羅へと燭台切が近づいた。
「倶利ちゃん、落ち着いて。名前くんと会えて嬉しいのはわかるけどさ、ほら、深呼吸だよ」
「み、みつた、光忠、名前がいる、目の前に・・・」
「そうだね、倶利ちゃん。ほら深呼吸して」
何が何やらわからない審神者に燭台切が小さく「倶利ちゃんの憧れの刀なんだよ、彼」と囁いた。
え!?と驚く審神者は大倶利伽羅と名前を見比べる。
燭台切に言われた通り深呼吸を繰り返す大倶利伽羅と、そんな大倶利伽羅を珍しいものを見る目で見る名前。
「お前は昔から変わったヤツだな」
それだけ言って後は興味を失ったように鍛刀部屋から出て行こうとする。
そんなツレない反応にも関わらず、大倶利伽羅が呟いた言葉は「格好良い・・・」だった。
「・・・ということで、今日から私達の本丸の一員になった名前さんです。伊達の刀らしいから、光忠と鶴さんと大倶利伽羅にいろいろお世話を頼もうと思うけど、他の皆も仲良くしてね」
審神者に紹介された名前は興味なさ気な様子を見せつつも「名前だ」と短く自己紹介をする。
「主は仲良くしろと言うが、数々の名のある刀匠が生み出した名刀が揃う中、俺の様な無銘刀がいるもの不釣り合いだろう。俺の事は気にするな、俺は一人で十分だ」
そうは言いつつも己を卑下した様子は一切なく、その目には己に対する確固たる自信を持っていた。刀匠の名も逸話も関係ない。俺が俺である限り、それで十分なのだと、言葉はなくとも語っているようで・・・
「名前くんったら昔からそうだよねぇ」
「まぁ話せば結構良いヤツだけどな!」
燭台切が苦笑を浮かべ、鶴丸が楽しげに声を上げるその隣で、大倶利伽羅が膝から崩れ落ちた。
大倶利伽羅!?と他の刀剣達が驚く中、大倶利伽羅は「かっ、格好良い、名前格好良い」と小さく呟きながら顔を抑えて震えていた。
憧れるがあまりの奇行
「やっぱりちょっと変わったヤツだな、お前は」
たったそれだけの感想を残した名前に「それだけ!?」と審神者も他の刀剣達も思わず声を上げるしかなかった。
あとがき
誰の作か不明。当時の持ち主は伊達の家臣だけど、特に大きな戦果を挙げたわけでもないから名前は残っていない。そんな知名度が低すぎるけど何故か大倶利伽羅からリスペクトされてる刀剣主でした。
大倶利伽羅のリスペクト故の奇行も「変な奴だな」と不思議そうにするだけで大体スルーするぐらいには大倶利伽羅の奇行を見慣れてる。