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ざっざっ、と砂が飛ぶ。

地面にぽっかりと空いた穴。それを覗き込む様に立っていた六年生の名前は微笑ましそうに目を細めた。



「綾ちゃんは元気が良いねぇ。うんうん、よきかなよきかな」

穴の中にいる可愛い後輩は名前に気付いているのかいないのか、無言のまませっせと穴を掘り進めている。




「名前先輩!呑気なこと言ってないで綾部を回収してください!綾部のせいで、用具がどれだけ迷惑していることか・・・」

「それは済まないねぇ、留三郎。後で私も埋めるのを手伝おう」


駆け寄ってきたのは別の委員会の一つ下の後輩。


後少しで名前含む現六年生は卒業。そして次の委員長は現五年生。用具唯一の五年生である食満は委員長になることが決まっているためか、誰より綾部の所業に厳しい。

それをのらりくらりと交わすのが名前の役目で、名前の同級生である現用具委員長は早々に名前に対して後輩の文句を言うのを諦めている。




「手伝ってくれるのは有難いですが、そういうのは本人にやらせるべきだと思うんですが」

「そうだけどねぇ、私は綾ちゃんが穴を埋めるところよりも、掘ってるところを見たいから」


どんどん土が上に押し上げられていく様を心底楽しそうに見ている名前に食満は「理解出来ません」と眉を寄せた。




「多目に見ておくれよ、留三郎。私もそろそろ卒業だ。そうすれば、綾ちゃんのこんなに元気な姿を見るのも難しくなる」


彼がそう言った瞬間、押し上げられていた土が止まった。

穴からひょっこり出て来た顔。




「おや綾ちゃん、もう穴は完成したのかい?」

「穴じゃなくて蛸壺です」

「あぁ、すまないすまない」


間髪入れず訂正を入れる綾部が可笑しくて仕方ないのか、くすくすと笑う名前に綾部はむすっとした顔をした。




「名前先輩は覚えが悪いですね」


「こら綾部喜八郎!お前、先輩に向かって何てことを!」

「気にしてないよ留三郎。ほら、君は私なんかに構ってないで、他の下級生の指導をしておやり」


「わかりました。おい!ちゃんと掘ったら埋めるんだぞ!」

目下の綾部にそう言い捨て、食満は名前に一度頭を下げてから去って行った。








「あーやちゃん」

「・・・何ですか、物忘れ先輩」


「おやおや、私の名前はそんな名前だったかな?」

「名前先輩は物忘れが激しいので、これで十分なんです」


ぷいっと顔を背けて蛸壺の側面を固め始める綾部に名前の笑みは深まるばかり。





「はははっ、そうかいそうかい。綾ちゃんが言うなら、今度からそう名乗ろうかな。初めまして、物忘れ名前と申します!ってね」

「・・・全然面白くないです」

「おや、どうやら私には笑いの道は難しいらしい」



そろそろ完成しそうかい?と名前が口にすると、ばさっ!と土が飛んできた。


「先輩が見てる限り、完成しそうにありません」

「おや、最後に綾ちゃんの立派な蛸壷を見てから卒業したかったのだけど、完成しそうにないかい」



「・・・完成するまで見とけば良いじゃないですか」

ぽそっと、小さな小さな声で呟かれた言葉。

後少しでプロの忍者になる名前がそれを聞き逃すわけもなく、彼はただただ微笑んだ。



「来年からは仙ちゃんが委員長だ。ちゃんと仙ちゃんの言うことをよく聞くんだよ?」

「嫌です」


「綾ちゃん」

「名前先輩じゃなきゃ、嫌です」


綾部が名前を見上げた。

「嫌です」


ぎりぎりと強い力で鋤を握る手は白い。



名前は「困ったねぇ」と言いながら、そっと蛸壺の中へと降りてきた。

音も無く降り立つ彼は、もう殆どプロと変わらない。当たり前だ。そうじゃなきゃ卒業出来ない。同級生の中には忍者にはならず家業を継ぐ者もいるが、彼の志望はそのまま忍者になることなのだ。


プロに成れば任務を請け負う。それが命に関わるものである可能性は高い。






「綾ちゃんは頭の良い子だから、きっと頭ではわかっているんだろうね。でも、そうやって私との別れを惜しんでくれるのは、純粋に嬉しく思うよ。私は君が大好きだから」

名前の手が綾部の頭を撫でた。綾部の手から、力が抜ける。


「じゃぁ卒業しないでください」

「もう卒業試験も合格済みだからねぇ、今更留年は出来ないさ」


「・・・融通が利かない先輩ですね」

「ごめんよ」


優しく優しく自身の頭を撫で続ける先輩を、綾部は実は誰より慕っていた。だからこそ、彼の卒業が許せない。





「酷い先輩です」

「ごめんよ」


「こんなに自分を慕っている後輩を置いていくなんて」

「ごめんよ」



「・・・酷い先輩です」

ぽたりと地面に落ちた雫に、名前は眉を下げた。けれども笑みは崩れない。



「じゃぁ、約束をしようか。守れない可能性の方が高いけれど」

頭を撫でていたその手が、綾部の頬に触れる。涙で濡れた頬。





「綾部が卒業したら、迎えにくるよ」





綾部が卒業するまでまだまだ時間がある。

それまで、プロの世界で生き残れているかなんてわからない。


約束を持ちかける本人も、持ちかけられた方だってそれはわかっている。




「最初から守れないかもしれない約束をするなんて、やっぱり酷い先輩です」

「止めるかい?」


「・・・ちゃんと迎えに来てください」

「あぁ、約束するよ」


自分より大きい名前に抱き締められながら、綾部は「約束ですよ」と繰り返した。






見守りしは丸い空






その数日後、名前は卒業した。



あとがき

シチュエーションはお任せということでしたが、これで大丈夫だったでしょうか・・・
五年生食満を出したのはただの気の迷いでした。



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