代々続く純血の家系の次男に俺は生まれた。
実家は長男が継ぐから、次男の俺は何の心配もなく自分勝手に好き勝手に出来る。そう思っていたのだけれど・・・
「おい名前、さっさとしろ」
「はいはい、ただいま」
何故俺は今現在、世が恐れる闇の魔法使いの髪を梳いているのだろうか。
次男ちょー気楽!最高!と人生舐め切り過ぎたのがいけなかったのだろうか。ある日突然父親に「明日から新しい職場(闇の陣営)で頑張ってきなさい」と通告された俺。
因みにそんな通告をした父親の後ろで長男は腹を抱えて大爆笑していた。おい手前コラ、今すぐにでも跡目争いしたって良いんだぞコラ、と内心どころか実際に中指を立てた俺は悪くないはずだ。
あれよあれよと闇の陣営入りを果たした俺は、気付けば闇の陣営のトップであるヴォルデモート卿の身の回りの世話を勤めている。あれ?使用人?俺って何時から名家のお坊ちゃんから使用人にランクダウンしたっけ?
「名前、手が止まっているぞ」
「おっとすみませんね」
謝りますからすぐに杖を向けてくるその癖はどうにかしてくださいホント、命が何個あっても足りません。死ぬ。
最初の頃はその他大勢と一緒に頑張っていたはずなのだけど、ある日突然ヴォルデート卿に呼び出され「え?俺何かした?処される?処されちゃう?」とか思いながらビクビク彼の自室に行ったが最後。何か「腹が減った。何か作って来い」と屋敷しもべ妖精に言えば良いじゃんレベルの命令をされて、でも命令だからとサンドイッチ作って持ってったら次からの命令は全部身の回りの世話レベルになってた。
・・・あれ?もしかして、あの時のサンドイッチで使用人判定受けちゃった?
「ヴォルデモート卿、髪が整いましたよ」
目の前の黒髪が良い感じのキューティクル感を出している。
さっと鏡を見せれば碌に鏡も見ずに「そうか」とだけ言ったヴォルデモート卿。髪型のチェックをしないのは、信頼されているからなのか、そもそも髪型なんてどうだって良いのか・・・さて、どっちだろうか。
身の回りの世話が一通り終われば、俺もしばらくは暇になる。
「卿、俺はどうすれば・・・」
「お前は俺様の隣にいろ」
隣にいろって・・・
つまりは今はやることないから大人しく待ってろって意味か?
やることないなら休憩がてらに離れる許可が欲しい。最近碌に家に帰ってないぞ。何時の間にかヴォルデモート卿の隣に部屋が設けられていたし、これはあれか?何時でも呼び出してこき使えるようにか?
あぁ、少し前の次男ライフに戻りたい。あの責任とかとは無縁の自堕落生活に戻りたい。
「名前」
名前を呼ばれ、一旦考えるのを止めてヴォルデモート卿を見る。
「はい、何でしょう」
「・・・何でもない」
はい?
何でもないって何だよオイ、一人もの思いにふけるのも許されないわけ、この仕事。
もう仕事やだ!ほんと家帰りたい!
「いや、そうだな・・・喉が渇いた。何か用意しろ」
「はい。ではキッチンに・・・」
「わざわざキッチンに行く必要が何処にある。今此処で作れ」
キッチンに行くついでに休憩しようという魂胆がバレバレだったのだろうか。それとも、俺が隠れて毒を入れるとかそういう心配?もしかしてその両方?
内心がっくりと肩を落としながら杖を振るってポットやら何やらを呼び寄せる。
「少々お待ちを」
まぁ何だかんだ言いながらも俺も一応は名家の次男。紅茶の淹れ方ぐらいわかっている。
慣れた手つきで紅茶をこぽこぽと淹れる俺にヴォルデモート卿の視線が突き刺さるが、それは何時ものことだ。耐えられる。
スムーズに淹れた紅茶を「どうぞ」と差し出せば無言で受け取られる。
見た目が整っているならパーツも整っているヴォルデモート卿の唇が少し窄められ、ふーふーっと紅茶に息が吹きかけられる。
それから一口こくりと飲んだヴォルデモート卿は小さな声で「美味いな」と呟いた。この茶葉も良いもので、俺の淹れ方も基本を抑えているし、美味しいのは当たり前。
「それは良かった。お茶菓子もご用意しましょうか?」
流石にお茶菓子の用意は此処じゃ出来ないぞ。用意するついでに休憩させてくれ。
「いや、これで十分だ」
ちくしょー。
俺、一体いつまでヴォルデモート卿の傍にいれば良いわけ?もしかして年中無休でご奉仕しろってか?闇の陣営が名の通りブラックなのはわかってたけど、まさかここまでとは・・・
コンコンッ
卿のカップの中から紅茶が無くなり、新たな紅茶を注ごうとしたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。
「・・・入れ」
あからさまに不機嫌そうな声に「し、失礼します」と若干裏返った声を発しながら扉を開けたのは、俺と同じ闇の陣営の魔法使い。
その魔法使いは俺の方を見ると「あの、名前様に御目通りをという者が・・・」とまさに天の声とも言える言葉を口にした。
俺に客?まぁ大方、俺より後に闇の陣営入りした魔法使いで、俺の家関連の奴でもいたのだろう。これからよろしくーって感じに挨拶をってことだと思う。何にせよ、俺にとっては天の声に変わりない。
「はい、ただいま――」
待ってました!と思いながら扉の方へと向かおうとした俺は、その動きと言葉を止めた。
くいっと掴まれていた服の裾。
掴んでいるのは世が恐れる闇の魔法使い。
驚きに固まる俺に、ヴォルデモート卿はそっぽを向きながら小さな声を発した。
「俺様の隣にいろと、言っただろう・・・」
そう言った時にちらりと見えたヴォルデモート卿の耳はほんのり赤く、俺は人知れず顔を引き攣らせ、俺を呼びに来た魔法使いはそっと扉を閉じた。おい待て、俺を置いて行くな。
冗談キツいぜベイビー
それからしばらく。
俺は何時の間にやら『帝王の側近』として闇の陣営の重要人物に成り上がっていたことを知る。
因みに俺に会いに来た客は長男様で、俺の現状を知ると指差しながら笑ってきた。よろしいならば跡目争いだ。こうなったら家を継いでやる。
あとがき
可愛い帝王・・・可愛さを表現出来ていたでしょうか。
そして何時の間にか側近から恋人に昇格(他称)されれば良いと思います。