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※カラ松事変ネタ




俺には昔から、人とは違うものが見えた。


家の傍の電柱の脇には血まみれの子供が「まま、まま」と今日も母親を呼んでいる。よく行くパチンコ屋では顔色の悪いおっさんがブツブツ愚痴を言っている。この間ふらりと街を歩いていたら女性が何度も同じ場所から飛び降りては潰れていた。

それらは全部『幽霊』と呼ばれるものらしく、俺以外の目には映らないものだった。


聞いた話じゃ見える人間は探せばいるらしく、けれども俺は見えるだけじゃなくて話すことも出来た。






嬉しいことに、人じゃない彼等は何時だって俺に優しくて、中でも名前という幽霊はとりわけ俺に優しかった。


俺がこけて怪我をすれば泣きそうな顔で大丈夫?と聞いてくれた。

俺が悩んでいれば黙って話を聞いてくれて、俺が欲しい言葉をくれた。


何時から傍にいたかはわからないが、気付いたら名前は俺の傍にいてくれた。


俺にとって大事な大事な、時には家族よりも俺をわかってくれる幽霊。

そんな都合の良い存在が本当にいるのかって?




一度だけ、名前は俺の妄想の産物なんじゃないかと疑ったことがある。

あれはそう。学生だった頃、演劇部だった頃・・・


ふと俺は、名前が俺の妄想なんじゃないかと疑って、名前にそれをぶつけた。

今思えばあの時の俺はどうかしていたんだ。演技の練習も勉強も人間関係も上手くいかなくて、その苛立ちを全て名前にぶつけてしまったんだ。

大丈夫?と心配してくれる名前に向けて、一番残酷な言葉を投げかけてしまったんだ。





『いないお前に俺の気持ちなんてわかるもんか』





あの時のことは今思い出しても申し訳ない。

名前は大きく目を見開いて、それから酷く悲しそうな顔をしながら笑った。ごめんねと言って、笑った。


すぐに自分が言ってしまった言葉の残酷さに気付いて名前に謝れば、名前は首を振って許してくれた。

それでも俺の気が済まなくて何かお詫びがしたいと言えば、名前は「じゃぁ・・・」と一つを提示した。



図書館に行って。



俺は訳も分からぬまま図書館へ行って、名前が指差す本を手に取った。

それは今までこの学校を卒業した生徒達が載った卒業アルバムで、知らない人間が沢山並ぶその中で俺は見つけた。俺の隣で微笑んでいる名前を、見つけてしまった。



結論だけ言えば、名前は俺の妄想の産物ではなく、ちゃんと存在する人間だった。もちろん、過去形だが。

何が理由で死んでしまったのかは知らないが、名前は卒業後死んで、俺の傍にいてくれるようになったらしい。理由は本当に知らないが。


それから俺は名前の存在を疑わなくなった。今まで以上に親密になった気さえする。

名前との親密度が上がると、自然と他の幽霊たちとの親密度も上がった。





彼等は俺に優しいだけでなく、アドバイスもくれる。


勉強で困っていれば勉強が得意だった幽霊が勉強を教えてくれたし(一度カンニングを頼んだら怒られた)、演劇の練習相手はいろんな幽霊が代わる代わる相手をしてくれた(演技は下手だった)。

名前?名前は生前勉強が得意じゃなかったらしくて、俺と一緒に頭を悩ませていた。演技もからっきしで、台本を読む声も全部棒読みで笑ってしまって集中出来なかった。



学生時代を終えると、俺は兄弟たちと同じくニートになった。

まさか六人全員ニートになるとは思わず、幽霊たちも苦笑を浮かべていた。


幽霊たち曰く、兄弟の俺に対する扱いはちょっと・・・いや、大分酷いらしいが、俺はそう思ったことは無い。


確かに兄弟から『痛い』などというよくわからない言葉を投げかけられたり、弟の一松は俺が何か言うだけで睨んで時には掴みかかってきたりするが、俺は兄弟を愛していたしそれぐらい笑顔で受け止めるのが兄貴ってもんだろと思っていた。

幽霊たちは「カラ松は優しい」と言うが、俺に優しくしてくれる彼等の方が優しいと思う。



あ、でも誘拐された時はヤバかったな。

子供の幽霊は俺の有様に泣きじゃくるし、他の幽霊たちは兄弟たちを懲らしめてやると荒ぶってたし・・・


まぁそれも名前の「カラ松くんのためにならないよ」の声で止まってくれたけど。よくよく考えたら、名前って他の幽霊たちのまとめ役になってる気がする。格好良い。

入院中は良かったな。ナースの幽霊たちが俺を励ましに来てくれたし、名前も沢山励ましの言葉をくれた。よく行く橋にいる女の子たちの幽霊も可愛いが、あの病院のナースたちの幽霊も可愛かった。カラ松girlがまた増えてしまったな。








「カラ松くん」

ふと声がして、過去に飛ばしていた意識を今へと戻す。

声がして振り返れば、名前がいた。



「名前」

つい口元に笑みが浮かび、隠すことなく笑いかければ名前もにっこりと笑ってくれた。



「そろそろ夕方だよ、お家に帰ろうか」

「今日の夕飯は何だろう」


「商店街にいる野林さんが、カラ松くんのお母さんを見たって。すき焼き用のお肉買ってたから、もしかしたらすき焼きかも」

「マジでか。すぐに帰らなくちゃな!」


因みに野林さんとは商店街にあるパン屋の一代目のおじさん。今は息子さんが二代目として切り盛りしていて、野林さんはそれを見守るためにこの世にいるらしい。





「名前も食べるだろう?」

「すき焼きは美味しそうだけど、今日は良いよ」


「どうしてだ?」

「疲れるでしょ?」

名前は幽霊だから食べ物なんて食べられない。

けれど味を感じることは出来る。その方法は単純。俺に憑依することだ。


けれども名前は・・・というか幽霊たちは、それをしたがらない。

折角俺が食べているのに邪魔をしたくないとか、憑依の後は俺が疲れるからしたくないとか・・・

別に少しぐらい邪魔だとも思わないし、疲れるのだってほんの少しだ。



そもそも幽霊って、こういう申し出って嬉しいもんじゃないのか?憑依させて貰って、そのまま身体乗っ取っちゃおうとか思わないのか?

因みにその疑問を素直に彼等に聞いたら、苦笑と共に「魂と身体が一致しないから乗っ取るなんて無理」という至極まともな答えを貰った。





「折角のすき焼きなんだ、名前にも味わってもらいたい」

「うーん・・・けどなぁ」


「一緒に食べよう、名前」

「・・・一口だけね?」


一口だけでも十分だ。

食べ終わった後、一緒に「美味しかったね」と言い合いたいだけなのだから。

名前もそれを理解しているからこそ、最後はこうやって折れてくれる。



どのタイミングで憑依して貰おうか。出来れば俺がちゃんと肉を確保した後が良いな。名前にあの食卓戦争をさせるのは酷ってもんだ。



今日の夕食の戦術を考えながら歩いていると、名前が「カラ松くん、一旦足を止めて」と声を上げ、俺は素直に足を止めた。


途端に目の前を風が通り過ぎる。

風の正体は信号無視をしたトラックで、後少し前に出ていたら撥ねられていた。





「わ、悪い」

「大丈夫だった?考え事しながら歩くと危ないよ」


血の気が引くのを感じながらお礼を言えば名前はにっこりと笑った。

誘拐の後から、こういったことが多い。


上から外れた看板が落ちて来たり、さっきみたいに車が突っ込んできたり・・・

その度に名前や他の幽霊がフォローしてくれるから怪我は負っていない。本当に彼等には感謝してもしきれない。





「最近、多いな」

「・・・そうだね」


「ふっ・・・死神が俺を狙っているのかもしれないな。死神にまでラブコールを贈られてしまうとは、俺も罪な男だ」



「・・・うん、全くだね」

名前が苦笑を浮かべながら頷いた。






「早く帰ろう!すき焼きは待ってくれないからな!」

「もしすき焼きじゃなかったらごめんね?」


「もしそうじゃなくても、名前と食べれば何でも美味しいさ!」

俺の言葉に名前は照れたように笑って「そうだね」と言ってくれた。


その笑顔に少しきゅんと来て、一口と言わず二口でも三口でも食わせてやろうと決意した。








クリアなフレンド









「・・・彼を連れて行くのは、僕等が許さないから」

名前を含む幽霊たちが睨むような目をしてそう言う。


『・・・・・・』

黒い靄が、舌打ちを一つ残して消えた。



あとがき

誘拐事件で死にかけてから、棺桶に片足突っ込んじゃって死神に狙われてる次男とそれを全力で守ってる幽霊(セコム)達の話。
カラ松をあの世に引きずり込もうとか全然考えてない。むしろ自分達が生きれなかった分まで生きて欲しい。
リーダー格の名前は、実は理由があってカラ松の守護霊ポジションに納まっているが、短編だから別に気にしない。短編万歳。



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