舞台の上で台詞を口にするその人はとても輝いて見えた。
「・・・格好良い」
思ったことが口から言葉になって出て来た。
舞台に立っていたその人が足を止める。
そしてこっちを見て、小さく微笑んだ。
「有難う」
演技する時とは違う柔らかな笑みについ照れてしまいそうになる。
「君、一年生?」
スポットライトに照らされた舞台からゆっくりと降りてくる先輩に何だかとても緊張した。
「は、はい・・・」
「演劇に興味がある?」
「あっ、えと、僕・・・」
つい口ごもる。
何故なら、僕が此処に来たのは自分の意志じゃない。
知らない先輩に「演劇部の見学においでよ!少しで良いから!」と半ば無理やり連れて来られた。
けれどそれを言ったら目の前の先輩は気を悪くしてしまうかもしれない。
「ふふっ、気を遣わなくて良いよ。大方、うちの部員が無理やり連れて来たんだろうね。ごめんね、吃驚したでしょ」
なんて返事をしようかと迷っている間に、先輩は笑いながら言った。どうやらバレていたらしい。
「うちは部員が少なくってね、一年生を多く集めないと廃部になってしまうかもしれないんだ」
「えっ・・・」
「あぁっ!ごめんごめん、こんなこと言うと君の負担になっちゃうね。大丈夫だよ、君の他にもたぶん何人も勧誘してるだろうし、廃部は何とか免れると思う」
「そ、そうですか」
そうは言っても、このまま「じゃぁ帰ります」と言って帰れる雰囲気じゃない。
先輩は僕の考えを察したのか「あーあ、気にしちゃったか」と眉を下げた。
「先輩は・・・舞台の上とは、全然違うんですね」
舞台上では格好良い、どちらかと言えば男らしく振る舞っていた先輩。それが今じゃ全然違う。
僕の言葉に先輩は「ふふっ」と何処か嬉しそうに笑った。
「舞台の上だと、違う自分になれるんだ」
「違う自分・・・」
簡単に言うけれど、きっとそれは凄く大変なことなのだろう。
でもその大変なのを乗り越えて、普段の自分とは全く違う自分を演じられたら・・・きっととても気持ちが良いだろう。
成りたい自分に、憧れる自分に、時には自分が知らない自分に・・・
「どんな自分にも、なれますか?」
「君がその役を勝ち取ればね」
飾る事の無いその台詞に逆に嬉しくなった。
「僕・・・いや、俺!絶対に勝ち取ります。成りたい自分に、成ります」
「ははっ、良いねぇ。誰が勧誘してきたかわかんないけど、良い子を連れてきてくれたよ。後でお礼言わなくちゃ」
すっと手が差し出される。
まるで舞台上のように、キラキラした先輩がそこにはいた。
「ようこそ、演劇部へ」
その瞬間は、まるで自分も舞台の上にいるかのようで・・・
「はいっ!」
勢いよく返事をして握った手は、優しく握り返された。
舞台上へようこそ
「元気出しなよ、カラ松くん。主役は勝ち取れなかったけど、一応役は取れたじゃないか。一年生でそれは凄いよ」
「けど先輩っ、僕・・・」
「こらこら。自分に自信を持ちなさい。今回は残念だったけど、次があるさ」
「せ、せんぱっ・・・うぅっ、うぐぅっ」
「あははっ、鼻水凄いなぁ」
今度の舞台のオーディションでものの見事に落ちた俺を慰める先輩はもちろん主役。
泣きじゃくって上手く言葉にならないから先輩は知らないけど、俺が勝ち取りたいとは“今は”主役じゃない。
今回欲しかったのは主人公の親友役だ。
「ぼく・・・ぉ、おれっ、次、頑張りまずぅっ」
「よしよし、その意気だ」
先輩が卒業してしまう前に、俺は先輩に一番近い役を勝ち取りたいんだ。