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朝起きてパジャマから普段着に着替えて、母さんが作った朝食を食べる。

その後他の兄弟たちと一緒に居間でだらだらとする。一緒にと言っても、お互い特に会話もなくそれぞれのしたいことをしているだけだが。

俺はもちろん、ちゃぶ台に向かいながら手鏡を手にしてその中を覗き込む。

けれど鏡に映り込むのは・・・


『おっはよー、カラ松くん』


俺じゃない。

居間には他の兄弟がいるから声には出さず、返事の代わりにニコリと笑う。

すると鏡の中の“彼”も嬉しそうに笑った。


『カラ松くん、寝ぐせついてるよ』

言われて頭に触れると、確かに髪が一部はねている。いそいそと髪を整えれば『うん!完璧!』と彼、名前は笑った。



「何鏡見てにやにや笑ってんだよ・・・気持ち悪いな」

ガッと横から衝撃。見れば片足を上げた一松が忌々しそうな目で俺を見ていた。その様子と言葉に、俺の胸がじくりと痛くなる。

元来涙腺があまり強くないからか、ジワリと涙が浮かんだ。

一松が舌打ちをして居間の隅へ行く。他の兄弟たちは「またか」と呆れたような表情をするばかり。


昔はこんな風じゃなかった。お互いの考えることは自分の考えのようにすぐにわかり、誰かが痛い思いをしていたらすぐに他の兄弟が助けた。一心同体の俺たちは何時の間にか個人になっていて、俺は兄弟たちの考えがわからなくなった。

俺が可笑しいのか、それとも兄弟が可笑しくなったのか。



『カラ松くん、泣かないで。カラ松くんが泣いたら僕まで悲しいや』

他の兄弟たちが一人ずつ居間から去り始めた頃、名前が悲しそうな顔で語り掛けてくる。

おそ松はきっとパチンコ、チョロ松はハロワ、十四松は野球、トド松は買い物。一松はまだ居間にいるが、俺の方なんてちらりとも見ていない。

俺はこっそりと小さな声で「有難う」と言った。


『もう痛くない?カラ松くんは痛いのをすぐ我慢しちゃうから、僕心配だなぁ』

「心配かけたな」

『大好きなカラ松くんのことだから、心配したくもなるよ!』


名前の愛は何時だってストレートだ。

俺のことを『好き』と言ってくれるし、俺が楽しい時は理由を知らずとも一緒に嬉しそうに笑ってくれるし、逆に俺が悲しい時は『大丈夫?』と心底心配そうにしてくれる。

ストレートな俺の愛に、ストレートに返してくれる。言葉の意味を悩む必要なんて無いぐらいに、真っ直ぐに俺を愛してくれるんだ。

兄弟から頭が空っぽだとよく言われる通り、俺はあまり難しいことが考えられない。だからこそ、名前のストレートの愛が俺は大好きなんだ。


もし名前が鏡の中の存在じゃなければ、俺はもっと名前に夢中になってただろう。その手を取り、身を寄せ合い、互いの体温を感じて・・・

きっと幸せな毎日になったはずだ。けれどそう考えるたびに、そうはならない現実に悲しくなる。


『カラ松くん。今日は公園にいかないの?カラ松ガールを待っている間、僕と沢山お喋りしよう』

名前に実態があったら。名前が身体が触れ合う程の距離にいてくれたら、名前に触れて貰えたら・・・



「・・・名前に触れられれば良いのに」

名前の笑顔が消えた。



突然のことに驚き「名前?」と声をかけると、じーっと名前が俺を見つめてきた。笑顔も無い真顔で、穴が開きそうな程。


『本当に?』

「え?」

『ほんとにほんとに本当に?後悔しない?』

その言葉に思わず瞬くを繰り返した。

後悔しないとは、名前に触れることについてだろうか。

もし現実にそれが可能なら俺は後悔しない!後悔するわけがない!

もし名前に触れることが出来るなら、名前の愛を直接感じることが出来るなら、俺は代わりに何だって差し出せる気がする。

名前が無言のまま俺の返答を待っている。俺の一言で人生がひっくり返るのではと思ってしまうほど、名前の目は真っ直ぐだ。

不用意な発言はしてはいけない。けれど、俺の返事は決まっている。


「あぁ!後悔なんてしないさ!」


思わず大きな声が出てしまったけれど、名前は俺の言葉に笑って、こちらに向かって手を伸ばしてきた。俺も笑顔で手を伸ばして、普段は触れることのない手が触れて、そのまま俺の意識は暗転した。






鏡の中の素直な貴方






「カラ松?」

ごとりと音がした。

背中を向け猫と戯れていた一松は、その音に振り返って首をかしげる。

居間にはカラ松がよく使っている鏡がそのまま置き去りにされているだけで、肝心のカラ松は何処にも見当たらなかった。


何処にも。


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