「おい松野」
演劇部の練習が行われている小ホールに顔を出して名前を呼べば、練習中だった松野は台詞を一旦止めて俺の方を見た。
「あっ、名前先輩!」
嬉しそうな顔で俺を呼んで駆け寄ってくる松野に「これやるよ」と差し出すのは皮ジャンの入った紙袋。
受け取った紙袋の中身を確認した松野は目を大きく見開き「えっ、えっ」と声を上げる。
「お前この間皮ジャン欲しがってたろ。これ、俺のお古だけど良かったら貰ってくれねーか」
「い、良いんですか!?皮ジャンって高いんじゃ・・・」
「良いって、お古だし」
「先輩っ!」
「おーおーよしよし、抱きつくほど嬉しかったか」
皮ジャンごと俺を抱き締めて胸元に顔を摺り寄せてくる松野の頭を撫でる。
松野は大興奮で気付いていないだろうが、松野の後ろでは他の演劇部員たちが不安気な様子で俺達の様子を伺っている。俺がそちらに目を向ければ、あからさまに顔を逸らされた。
正直な話、俺はあまり他の生徒から良く思われていない。
校則を完全無視して染めた髪だったり耳に複数開いたピアスの穴だったり、見るからに『不良』な俺とお近づきになりたいなんていう酔狂な奴は少ない。
なら松野は何なんだって言えば、確かにコイツは普通より頭のネジが何本か抜けてるヤツだが、出会いは偶然だった。
校舎裏で行われたベタなカツアゲ現場を俺が目撃し、気まぐれに助けた。漫画とかではよくありがちな、ベタにベタを塗り重ねた様な出会いだったが、松野曰く『運命的な出会い』だったそうだ。
助けたのは気まぐれだが、その後松野からキラキラとした目で見られて悪い気はしなかったし、どうせだから一人ぐらい可愛い後輩を育ててみるのも良くないかな、と松野との関わりが始まった。
これは自惚れではないのだが、俺は松野カラ松に崇拝されている。
だから松野は俺が言うことはなんでもホイホイ聞く。少し心配になるぐらいには。
だから下手なことは言わない。髪を染めろとか言わないし、ピアスを開けろとか言わないし、金を差し出せとかも言わない。単純に俺は後輩を可愛がりたいだけで、舎弟にしたいわけじゃないのだから。
「先輩!あの、今度の休み、空いてますか?」
「おー、空いてる空いてる。何、どっか行くの」
「何処か遊びに・・・あっ、動物園とか」
抱き付いたまま照れたような顔でそう言う松野。たぶん譲り受けたばかりの皮ジャンを着たくてしかたないのだろう。そして俺に見て貰いたいのだろう。
「まさか皮ジャンで動物園行くつもりか。攻めるねー」
「へ、変ですか?」
「いや、良いんじゃね?好きな格好して行きたい場所行くんだし、ハッピーじゃん」
主に頭が、と心の中で付け足す。もちろんそれを知らない松野は目を輝かせながら「そうですよね!」と頷いた。うん、最近俺が松野にいろんあお古をあげるせいで、松野のファッションセンスがごちゃごちゃになってきたけど、俺を慕ってのことだから何も言えない。言うつもりもない。
「じゃぁ、あの、詳しい日程を決めたいんですけど」
「電話してくれても良いけど」
「あっ、えっと・・・」
ぽぽぽっと顔を赤くする松野に俺は「あぁ、一緒に帰りたいってことか」と頷く。松野は恥ずかしそうに頷いた。
「お前、部活終わるの何時?適当に待ってるわ」
「も、もうすぐです!ですよね部長!」
ぐるっと部長と思われる生徒の方を見た松野に、その生徒は「ま、まぁな」と頷いた。
「そっ。じゃぁ此処で待ってるわ。部活頑張れよ」
「み、見ててくれるんですか?」
「おー、頑張れ」
松野は嬉しそうに「はい!」と返事をすると俺から離れて練習を再開させた。
他の生徒達は俺がいることが少しどころか大分気になっているようだが、気にせず松野の練習を見続けた。
・・・帰りにコンビニで何か奢ってやろうかな。後輩に奢ってやる先輩ってのもやってみたいし。
慕われると嬉しいもので
「お、お待たせしました先輩!」
「おー松野、そんなに待ってない・・・おー、すげぇな」
「どうですか先輩、前に先輩から貰ったパンツとサングラスも合わせてみたんですが・・・」
「あーうん、良いんじゃない?」
休日、俺から貰った物を全部組み合わせてなかなかに印象深い格好になった松野は俺の返事に嬉しそうな顔で笑った。