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※東郷に誘拐されてそのまま第二の東郷となったおそ松。



子供の頃、俺は『悪い大人』に誘拐された。



言うことを聞かないと殴られて、でも言うことを聞くとたまにだが褒めてくれた。

最初は逃げ出さないようにいろいろされたけど、何時しか自由な時間が貰えるようになった。


けれどその頃には、もう俺は自分の家に帰ろうとは思えなかった。

・・・だって俺の手にその時既に汚れていた。もう、あの家には戻れないんだとわかっていたんだ。


俺を誘拐したおじさんと一緒に生活して、気付けば独り立ちしていて、気付けばおじさんと同じように俺は生きていた。










「しばらくお世話になります」

おじさんの手口をそのまま使えば簡単に家に上がり込むことが出来た。


人の良さそうな笑みを浮かべているこの家の父親と母親。その両名に大事に大事に育てられた一人息子。

絵にかいたような幸せな家庭に、胸の奥がずきずきと痛む。


羨ましい。恨めしい。そんな薄暗い感情が湧き出て、それが次第に悪意へと変わって行く。






両親が典型的な良い人だからか、その子供も随分人を疑うことを知らない甘ちゃんだった。


「宿題やってやろうか」

「良いの?」


ぱっと嬉しそうな顔で俺を見た子供に「もちろん」と笑って頷けば、子供は「お兄さんって優しいんだね」と笑い返してきた。

そうだよね、俺ってば凄く優しい奴に見えるよね。俺もさ、昔はそう思ったもん。


・・・でもさ、よくよく考えてみろよ。宿題やってくれるから優しいって、ちょー安直だって。まぁ俺も人の事言えないけどさ、今だから言えることだけどさ。





俺が子供の代わりに宿題を始めると、どういうわけか子供は遊びに行かず俺が宿題をするのを横からじっと見つめ始めた。

折角俺がやってやってるんだから、遊びに行くなりなんなりすれば良いのに。


突然子供が「あ!」と声を上げる。



「お兄さん、此処間違えてる」

「え?あぁ、凡ミスった」


「ふふっ、僕が教えてあげる」

餓鬼に教わることなんてねーよ、とか思いつつも「有難う」と返す。


本当に単なる凡ミスだったのに、子供は嬉しそうに「此処はね、こうするんだよ!」と俺に教えてくる。

それに対して「へー」とか「凄いなー」と返せば、子供はそれだけで満足する。子供の扱いなんて、ちょろ過ぎる。

それから、かつてのおじさんと同じようにその家でお世話になりながら強盗をして、しかしおじさんとは違い俺が強盗だとバレることはなく・・・




「名前、実はそろそろお別れなんだ」



「えっ!どうして?お兄さん、ずっとうちにいてくれないの?」


まだバレてはいないが、いずれ俺は強盗だとバレる恐れがある。注意するに越したことは無い。早めにこの家を出て行くとしよう。

けれど俺には仕事が一つ残ってる。







「だからお前も一緒に来い、名前」







腕を掴んで引っ張れば、名前はきょとんとした後にへにゃりと笑った。


「ついて行っても良いの?」

その言葉に面食らう。


は?と声を上げ、そのまま少し固まってしまった。

は?何?警戒心が無いにも程がある。何が「ついて行っても良いの?」だ。お前は今から俺に誘拐されるっていうのに。


幸せな家庭から、薄暗くて汚い世界に引きずり込まれていくのに。

何でそんなに嬉しそうに笑うんだ。何でそんなに楽しそうに俺の腕にくっ付くんだよ。意味わかんねーと、何で?何で何で・・・!




「僕、お兄さんとずーっと一緒にいたいなぁ」

ひゅっと息が止まった。



ずっと一緒にいたい?何言ってんだこの餓鬼。

一緒にいるんじゃなくて、俺はお前を今から誘拐するんだ。そして、俺の手伝いをさせて、必要なくなったら独り立ちさせて、それで、俺と同じような生き方しか出来ないようにするんだ。それで・・・




「ねぇ!本当について行っても良いの?」

何で?




「・・・ついて来て、くれるのか?」

引き攣った声が、自分の声なのに別の誰かのものみたいに頭に響く。


本当に、この餓鬼は何を言っているんだ。

遊びに行くのとは違うんだ。これから俺がお前を真っ暗な世界に引きずり込むんだ。もう家族と会えなくなるような世界にだ。


そんな場所に、俺と一緒にいたいからって理由で、そんな理由で、俺と、俺と一緒に・・・






「うん!お兄さん、ずっと一緒にいようね!」

子供が、吃驚するぐらいキラキラした笑みを浮かべて頷いた。


もう俺が浮かべることが出来ない笑顔。遠くから見てることしか出来なかった笑顔。


その笑顔を浮かべる子供が、俺と一緒にいたいって?

俺を一人にせずに、一緒にいるって?俺の傍で、俺だけと一緒にいるって?あぁ、そうなのか。こいつ、俺と一緒にいたいのか。じゃぁ、連れて行くしかないよな。最初から連れて行くつもりだったけど、うん、今すぐ連れて行こう。こいつの両親じゃ到底見つけられないぐらい、遠い遠いところへ連れて行こう。



だって・・・






「・・・うん、ずっと一緒にいよう」

だって、独りは寂しい。







握っていた手を子供が握り返し、更に俺が握り返せば子供は何が可笑しいのかくすくすと笑った。





さよならひとりぼっち







かつて俺を攫ったおじさんが、俺と同じような気持ちで俺を攫ったのかなんて、今では確かめる術はないけれど。



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