名前に握りかけていた拳を解く。しかし警戒は解かない。
チンピラからは助かったが、チンピラ達の怯えようからして男は一般人じゃないだろう。
そろそろトドっちの硬直も解けているだろうし、このままトドっちと一気に逃げよう。名前は意を決し、自分の後ろにいるトド松へと声をかけるべく口を開いた。
「だいじょーぶ?トドっち」
そう言いながら振り返れば、怯えた表情をしているものと思ったトド松は興奮を堪え切れないような表情で男を見ていた。目はきらきらと輝いている。
その視線に男も気付いたのだろう。男は軽くため息を吐いた。
「カラ松さん!」
「・・・またお前か。前にも言ったろ、餓鬼は大人しく家でお勉強しとけってな」
男のことをカラ松と呼びながら傍へと駆け寄るトド松の背中に、名前は微妙な顔をした。
まさかつい先程まで語られていた本人が登場するとは。噂をすればなんとやらとは本当らしい。
カラ松の周りをちょろちょろ動きながら「マジかっけかったす!マジぱねぇっす!」と思いつく限りの賛美を口にするトド松にカラ松は「はいはい」と若干面倒臭そうに返す。
その様子を見る限り『過去に気まぐれで助けてしまってから妙に懐かれてしまい困っている』といった感じだろう。
憧れている人に会えて、しかも自分達を(トド松からすれば)窮地から助けてくれた。これで興奮しないわけがない。
「あ!カラ松さん、コイツ名前ってゆーんです!俺のダチで、喧嘩すっげぇ強くって!えっとえっと!」
「・・・へぇ、名前か」
「・・・ども」
興奮するトド松とは正反対に、名前は静かにカラ松を見詰めていた。カラ松はその顔ににこっと笑みを浮かべる。
「名前、何で大人しいんだよぉ!あ!カラ松さんにビビってんのかよ、だっせー!」
「あー、うん。ビビってるよ、俺」
頭を掻きながら、面倒臭そうな声でそう言う名前。しかしカラ松から目は逸らさない。
トド松にとっては自分を救ってくれた格好良い大人、ただそれだけなのだろう。
けれども名前にはわかる。彼はトド松程、頭の中がお花畑ではないのだ。
強くて格好良い大人だからと、先程チンピラから自分達を救ってくれたからと、そう簡単に相手を信用できるような暮らしを名前はこの街でしてきてはいないのだ。
「何だよ名前!マジだっせーじゃん!」
ぎゃははっと笑うトド松に「こらこら、お友達を笑うんじゃない」と諭しながら、カラ松が近付いて来る。その顔には笑みが浮かんだまま。
近付いてきたカラ松に、名前はほんの少し顔をしかめる。ほんの一瞬だったが、カラ松にはそれが見えたのだろう。心底面白いとでも言いたげな視線を、名前に送った。
「鼻が良いだな、お前」
「まぁ、伊達にこの街で生きてないんで」
「友達の方は違うらしいがな」
「・・・あいつはただの馬鹿なんで」
にこにことカラ松が笑っている。
名前の表情は読み取れない。読み取られまいとしているのだろう。
そんな二人にトド松が近付き「な!カラ松さんマジかっけーだろ!」と自慢げに声を上げた。名前は「そーだな」とだけ返した。
「・・・俺等、そろそろ帰らなきゃなんで」
「あぁ。気を付けて帰るんだぞ」
「カラ松さん!俺!カラ松さんみたいな格好良い大人の男になるっす!」
「あー、頑張れ」
「はい!」
トド松的にはもう少しカラ松と喋っていたいのだろうが、既に薄暗いから暗いに変わり始めている空をトド松自身も理解しているのか、それとももうチンピラに絡まれたくないからか、素直に名前の言葉に従った。
名前がトド松の腕を掴み、引きずる様に歩き出す。
トド松が「何急いでんだよー」と言ってもお構いなしだ。
「おい」
その背中にカラ松の声がかかる。
名前は振り返らずに「なんすかー?」と返す。
「気に入ったぜ、お前」
楽しげにカラ松の声に、名前は「・・・そうっすか」とだけ返してトド松と共にカラ松の前から去った。
フラグが立ちました
カラ松さんに気に入られるとかズルい!俺も「気に入ったぜ」って言って貰いたい!とぎゃーぎゃー騒ぐトド松を無視しつつ「完全に目を付けられたなー」と名前は面倒臭そうなため息を吐いた。
あれは隠すのが上手な人種だ。優しいのは上っ面だけで、一つ皮を捲れば人を人とも思わない残虐な本性が現れるのだろう。
名前は伊達に治安が悪いこの街で生きていない。だからこそ、これから起こるであろう『面倒事』にため息を吐かざるを得ないのだ。