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僕の姉はアイドルだ。



アイドルといっても、そこまで大々的に活動している訳でもない、知名度だってあまり高くはない地下アイドルだ。

それでも姉の熱狂的なファンだっているぐらいだし、一応はアイドルとして上手くいっているのだろう。



かくいう僕も実は姉と同じくアイドル業をやっていて、知名度は姉より更に低い。


地下アイドルとして毎日にゃーにゃー言っているが、あれでいて姉は結構頭が良いんだ。

どうすればファンが増えるのか、どうすれば今いるファンをもっと虜に出来るのか、姉は自身がアイドルであるための努力を欠かすことは無い。


アイドルとして可愛らしく、けれども誰より貪欲に。


僕も、そういうとこ見習わないとな。

この業界、そう簡単に生き残れる場所じゃないし。









とは言っても、たまには息抜きも必要だ。


キャップを深めに被って、パーカーのフードも被る。

じゃないと、姉と同じ色の髪も姉と似たこの顔も見えてしまう。




歌とダンスの稽古を終えてやっとフリーになった僕が足を運ぶのはちょっと古びた外観のCDショップ。

外観同様、店内に並んだCDのジャンルも結構古い。けどそこが好きだったりする。


もちろん新曲だって区画は狭いけど並んでいるし、実は僕や姉の新曲CDも置いて貰えている。あ、別に自分のCDが置いて貰えてるから気に入っているんじゃない。・・・まぁ、あるとしても3割、いや4割くらいかも。




「あったあった」

お目当てのCDを見つけ、口角を上げる。


後はこれを会計に持っていくだけ。

僕はCDを手にしたままレジのある方向へと歩き出した。


するとそれから数秒もしないうちに、狭い店内で鉢合わせした誰かにぶつかる。

それほど大きな衝撃ではなかったけれど、ぶつかった拍子に相手の手に遭った紙袋がバサッと音を立てて落ちた。




「あぁ!?にゃーちゃんがッ!」




慌てたような声を上げて紙袋を拾いあげ、中身を確認するのは若いお兄さん。

突然出て来た姉の名前に驚くも、拾いあげられた紙袋を見て納得する。


姉のライブに行かないと買えない限定グッズ、それを買うと付いて来る限定紙袋。紙袋からはみ出している筒状のものはおそらく姉のポスターだろう。

ライブハウス近くでもあるまいし、こんな場所で姉のファンに遭遇するなんて驚きだ。





「あの、大丈夫ですか?」

ワザとではないし、正直お互い様な感じがするけれど、何も声を掛けないのは礼儀知らずだと一応声を掛ければ、しゃがんで中身を確認していた相手は少し恨めしそうな声で「どこ見て歩いてんだよ、ったく・・・」と言いながら顔を上げ・・・



「えっ・・・あっ!にゃーちゃんの弟の、橋本名前くん!?」

おっと、下から見上げられると折角キャップとフードで隠してたのに全然意味ないじゃないか。

此処で騒がれたら面倒だな、と思いながらも仕事用のキラキラスマイルで相手を見る。




「もしかして姉のファンですか?何時も姉がお世話になってます」

「な、何だかそんな風に挨拶されると、僕がにゃーちゃんの彼氏みたい・・・こ、こちらこそ!何時もお世話になってます!」


前半小さな声で言ってたけど、丸聴こえですわお兄さん。

けど聴こえなかったフリするのが優しい対応だよな。

うんうん。だから、姉はファンは選ばないが男は選ぶタイプである、というのも勿論言わない。





「ま、まさかこんなところでにゃーちゃんの弟に会えるなんて・・・!」

勢いよく立ち上がり、姿勢を正すお兄さんに内心苦笑。まぁ、好きなアイドルの弟に良い格好見せたい気持ちは分からないでもない。



「ぶつかっちゃってごめんね!け、怪我は無い?」

「大丈夫ですよ。僕の方こそごめんなさい」


にこっと笑えば「にゃ、にゃーちゃんに似てる!」とお兄さんは大興奮。うん、これもファンサービスだと思えば苦じゃない。





「こ、この店には良く来るの?」

「はい。あ、ちょっと先に会計済ませてきますね」


そう言いながら人差し指を立てて唇に当てる。静かにしてくれ、のサインだ。

お兄さんはそれを理解したようで、バッと自分の口を塞いできょろきょろと店内を見渡す。慌てなくても、この店内には僕とお兄さんと年老いた店員しかいない。


さっさと会計を済ませてお兄さんのところに戻って「おまたせしました」と笑いかける。あ、今僕を介して姉にそう言われるのを想像したな。伸びた鼻の下で丸わかりだ。










「ほんとっ、本当に吃驚しちゃったよ。にゃーちゃんの弟が目の前に・・・」

「名前で良いですよ。姉にも名前って呼ばれてるので」


店を出て人通りが出来るだけ少ない場所まで二人で歩く。

知名度はそれほど高くは無いけれど、僕も姉も固定のファンはいる。中には熱狂的と言えるファンもいるぐらいだし、下手に噂が広がってしまえば折角のプライベート空間が一つ減ってしまうことになるのだ。それだけは避けたい。


にこにこと愛想良く笑う僕にお兄さんは「名前くんっ」と嬉しそうな顔をする。





「これからも姉をよろしくお願いします」

「もちろんだよ!」


もう嬉しくて嬉しくてたまらないという顔をするお兄さん。ファンサービスは大成功のようだ。


自分の好きなアイドルの弟に愛想良くして貰えて、まるで自分が弟公認のような錯覚を覚える。

僕にも姉にも好印象を覚え、更に姉の虜。ついでにおこぼれ的に僕のイメージアップにも繋がる。


因みにこの手口は時折姉も僕の固定ファンに使用している。事実上女性ファンしかいない僕のように、姉にも男性ファンしかいないのだ。ファン層を拡大させたいのは姉とて同じ。これは互いに黙認している。




「にゃーちゃんの弟だから、悪い子じゃないってことはわかってたけど、もうファンになっちゃったよ!」


「本当ですか?嬉しいなぁ」

ちょろい。


良ければその好印象な噂を男性層に広めて欲しい。切実に。

が、そろそろ僕もプライベートタイムに戻りたい。ファンサービスはこれで最後だ。





「あ・・・出来れば今日のこと、秘密にして貰えますか?あのCDショップ、僕のお気に入りのお店で・・・もう行けなくなっちゃうと、寂しいから」


最後の一押し。姉直伝の上目遣い、からの相手の服の裾をくいっと引っ張る小技。

これやると大体の人は言う事聞いてくれる。ちなみに年上限定。年上なら男女問わずだ。


案の定お兄さんはぶわっと顔を赤くしてから「う、うん!勿論だよ!」と勢いよく頷いた。ちょろい。





「じゃぁ僕はこれで」

「あっ、ま、待って名前くん!」

背を向け、歩き出そうとした僕を引き留め、お兄さんは紙袋の中をがさがさと漁る。



「こ、これ!良かったら飲んで!」


紙袋から出て来たのは姉の顔が印刷された特製エナジードリンク。

差し出されたそれを咄嗟に受け取れば、お兄さんは照れたような笑みを浮かべた。




「これからも、アイドル活動頑張ってね!」

はい、頑張ります。


そう笑顔で返事をしてお兄さんのもとを去った僕は手の中にあるエナジードリンクの缶をカシュッと開けた。




「うん、味は普通」

まぁ、特別なのは外ラベルだけで、中身は何の変哲もないエナジードリンクだし、当然と言えば当然。

けどまぁ、応援されるってのは何時体験しても悪くない。







ファン層拡大必勝法








「名前くん!お疲れ様!」

「え?あぁ、姉のファンの・・・」


「チョロ松だよ!いやぁ、今まで男のアイドルがやってるライブなんて来た事無かったけど、結構良いね。あ、そういえば噂で聞いたんだけど、今度にゃーちゃんとのコラボライブするって本当?僕絶対見に行くよ!あとこれ!差し入れ!にゃーちゃんと一緒に食べてね!そうそう、そう言えば昨日にゃーちゃんのライブに言ったんだけど、にゃーちゃんが――」

「はい、時間でーす。次の方どうぞー」


「えっ、にゃーちゃんの握手会より時間みじか・・・あ!名前くん!またね!」



妙に馴れ馴れしい姉のファンに、僕は内心苦笑しながら手を振った。

うん、どうやらサービスしすぎたらしい。ちょろ過ぎるのも考え物だ。



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