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「松野、衣装がほつれてるぞ」

「あぁ、すまない名字」


その言葉にぴたりと立ち止まったカラ松の衣装をささっと補修する名字。

演劇部の衣装全般を取り仕切っている名前からすれば、こんなこと朝飯前だ。




「相変わらずの手際だな」

「これでも実家は服屋だからな。親の手伝いしてたら自然と覚えたんだよ」


「将来は実家を継ぐのか?」

何となく尋ねたカラ松に名前の顔は苦笑へと変わった。




「おいおい、部活中に進路の話とかすんなよ・・・まぁ、無理だろうなぁ、俺じゃ」

「何でだ?」


「センスねぇもん。手芸は出来るけど、センスは壊滅的。たぶん、家を継ぐのは弟だよ。弟は腕はまだまだだけど、センスはピカイチなんだ」

「そうか・・・」




確かに名前は腕はあるがセンスはない。

衣装全般を取り仕切っていると記述したが、あれはあくまで作ったり補修したりする分野での話だ。今カラ松が着ている衣装だって、作ったのは名前だがデザインを考えたのは他の部員だ。


名前が一からデザインを考えた衣装の評判はそれはもう悪い。

本人もそれを自覚しているから、基本は他の部員が考えたデザイン通りに衣装を作る。




「家を出て、普通に会社勤めかな。まぁ、どうしても被服関係に進むなら、何処かで小さな修繕店でも出すか」

「お、それ良いな」


「何処がだよ。今時、わざわざ服を修繕に出すヤツなんていねぇよ」

「そうか?」

「そうなんだよ」


あっさりとそう言った名前にカラ松は腑に落ちないと言いたげな顔をしつつも、そろそろ自分の出番が回ってくるのに気付き「そろそろ行くか」と舞台袖の方へと歩いて行く。



「俺は好きだけどな、名前の作った衣装」

「・・・松野、お前マジで言ってる?自分で言うのも何だけど、結構酷い衣装だったぞアレ」


振り返り様にそう言って笑うカラ松に名前は苦笑を浮かべつつも何処か嬉しそうな声で返事をした。












「・・・っていうこともあったなぁ」

あれから月日はどんどん流れて行った。


あの日の演劇は大成功。主役を務めたカラ松を中心に、演劇部は沸きに沸いた。

演劇も良かったが衣装も素晴らしかったと顧問の先生から褒められれば、デザインを担当した部員と一緒になって名前は喜んだものだ。


彼の人生で一番輝いていたのはあの時だったと言っても過言ではない。




それが今はどうだろう。

客がいない店内、近所の主婦から修繕を依頼された子供用のシャツをちくちくとやる気なさ気な表情で縫っているのはあの時よりも幾分か年を取った名前だ。


彼の予想通り実家は弟が継ぎ、彼は会社員となった。

けれど演劇部だった頃の感動が忘れられず、会社を辞め、会社勤めで稼いだ金を全て注ぎ込みこの小さな店を開いた。


・・・が、当時の彼の予想通り、服をわざわざ修繕に出す客なんてなかなかいない。

昔の伝手で時折舞台衣装の修繕などを任されることもあるが、大体は近所の主婦や老人たちから請け負った仕事で手に入れた金で細々と生活している。




「あーあ、ダルい」

欠伸をしながらも修繕は着実に進んでいる。


近所の主婦の子供はやんちゃ盛りでよく服を破るそうで、この服も実は既に数度修繕を行っている。

買い替えてもすぐに破るから、安い料金で修繕した方が良いのだと主婦は笑っていた。時折作りすぎたおかずを分けてくれることもあり、彼にとっては非常にありがたい客だ。




実は店内には彼自身が作った服も並んでるのだが、今まで売れたことなんて殆どない。

殆ど、ということは時折売れる。自分で売っといてなんだがその服を購入した客のセンスを名前は正直心配している。





「よぉ、名字」

「・・・よぉ、松野」


まぁ、その時折買っていく客こそ今まさに来店してきた元同級生の松野カラ松なんだが。




名前が店を出した時、一番に来店したのはカラ松。一番に服を買って行ったのもカラ松だ。

カラ松は店内をきょろきょろとするとパッと目を輝かせ名前がつい最近作った服の前へと歩いて行く。

それをじーっと見詰め、手に取りカラ松にニッと笑う。




「これ、試着させてくれ」

「・・・今回は我慢ならんから言うが、それは止めとけ。センスが悪すぎる」


「名字のセンスは俺のセンスにピッタリだ」

「マジかよおい」

試着室へと向かうカラ松の後ろ姿に名前は頭を抱える。




学生の頃はこんなんじゃなかった。そもそも学生だったから普段見る格好は制服だし、演劇の時はデザインがしっかりした衣装姿だったし・・・


それが今はどうだ。

かつて演劇部のスターだった彼は名前が作った目に痛いパンツを履いて決め顔をしている。


「どうだ!」

「一言で言うと『何でそうなった』だな」

「ふふっ!何でこうもキマってしまったのか、か?」

「いや、違う」


鏡の前で決めポーズをしている姿は何とも痛々しい。



「それ、まさか日常生活で履かないよな?」

「履いてるが?」


「何かごめんな」

名前の謝罪にカラ松は意味がわからないという顔をしているが、謝らずにはいられない。


そもそもカラ松のセンスは悪かったのかもしれないが、それに拍車をかけたのは確実に名前だろう。

かつての仲間たちに会えば絶句されること間違いなしだ。


しかも服装に態度も寄せてきているのか、学生の頃は若干だった痛々しさが名前の服を着るようになってからは絶好調である。




「名字の服はセンスも良いし丈夫で、しかも履きやすい」

「・・・まぁ、買うのが松野だけだから、サイズは大体松野に合わせてるしな」


「!お、オーダーメイドだったのか・・・」

「何感動してんだ」

感動の面持ちでレジまでパンツを持ってくるカラ松に呆れた表情をしつつ、名前は修繕を終えた子供服の残り糸をパチンッと鋏で切る。




「じゃぁ今度、俺のデザインした服を作ってくれないか」

「知ってるか?センスが悪い物を掛け合わせたって、奇跡は起きないんだ」


「二人で奇跡を起こそうぜ」

「決め顔は止めてくれないか、俺は別に松野みたいに痛い発言したかったわけじゃないから」

はぁっと大きなため息。会計を終えカラ松に袋を渡す。




「そういえば、松野家に選ばれし我が弟が女神に見放され涙を流していたのだが、名字の手で女神の機嫌を治してやってはくれないだろうか」

「ごめん、日本語喋って」


「お気に入りの服に穴が開いたと騒いでいた。今度持ってきても良いか」

要するに仕事の依頼だ。



「服で騒ぐってことは六番目の弟か。わかった、今度持って来い」


長い付き合いでカラ松本人から兄弟の話は聞かされている。

しかし名前が知っているのは兄弟の性格ばかりで、実際に六人並ばれてしまったらきっと見分けがつかないだろう。


「助かる」

「何時もこんなセンス悪い服を買ってくれてるんだもんな。特別割引してやる」


「おぉ!流石はこの松野カラ松の――」

「あー、はいはい。日本語喋ってくれなー」

「あ、はい」








センスが無い者同士








じゃぁまた来る。

そう言って痛々しいパンツが入っている袋を片手に店から出て行くカラ松へ、名前に軽く手を振った。


次来るときは、何か菓子でも用意しておこう。

痛々しい発言が目立つが、名前にとっては唯一自分の服を好きだと言ってくれる相手なのだ。



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