かつて、人類最強と呼ばれた男がいました。
彼は優しい男で、常に仲間のためにその刃をふるっていました。
巨人を駆逐するその姿に、仲間はどれほどの安心感を得ていたことか・・・
しかし、人類最強も所詮は人間だったのでしょう。
彼はある時――光を失いました。
巨人によって食われかけていた仲間を救おうとした彼は、その巨人によって両の目を潰されてしまったのです。
ですが助けた仲間に背負われて何とか生き延びた彼。
当然のことながら・・・彼からはもう“人類最強”の称号は失われました。
人類がその時、どれほど失望したことでしょうか。
つい昨日まで『英雄』と彼を崇めていた人々は、まるで手のひらを返したように彼を『恥さらし』と罵りました。
彼がどれほど素晴らしい男だったかを知っていた仲間たちは憤怒しましたが、どうすることもできませんでした。
目が見えない彼は仲間に「申し訳ない」と一言言って、調査兵団から姿を消しました。
それからしばらく・・・
調査兵団には再び、人類最強と呼ばれる兵士が現れたのです。
彼の名はリヴァイ。エルヴィンによって連れられてきた、元地下街の住民でした――
「・・・おい」
椅子に座って目を閉じていた彼は、背後から聞こえた声にぴくりと反応して口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「・・・おや、この声はリヴァイだね。エルヴィンから何か頼まれてきたのかな?」
「あぁ。受け取れ」
ずいっと彼の手元に差し出したのは、少ないながらも貴重な食べ物。
彼は家族もいない。目も見えないせいで働くことも出来ない。だからこうやって、時折エルヴィンが食べ物を贈るのだ。
彼が両目の光を代償にして救った仲間は・・・エルヴィンだった。
「おや・・・また食べ物、かな」
手で触れてそれを確認した彼は困ったように眉をさげた。
「エルヴィンに言って置いて。私にこんな大層な物を贈る必要はないと」
「・・・エルヴィンから伝言だ『私の気持ちだ。何も言わず受け取ってほしい』と」
「・・・先手を打たれたか。流石はエルヴィン」
くすくすっと笑ったカイトをじっと見つめながら、リヴァイは「なぁ」と声を上げた。
「此処は、いつ来ても真っ暗だな」
「私は見えないからね。暗くても平気なのさ」
「・・・それに、埃くせぇ」
「君は確か潔癖の気があったね。ごめんよ。手元は掃除できても、あまり広範囲は掃除出来ないんだ」
彼の言うとおり、彼の手の届く範囲は綺麗だ。
だが、棚の上や床の四隅には埃が溜まってしまっていて、窓も開いていないせいか空気も何処かどんよりとしている。
そんな中にも関わらず、部屋の主であるカイトはまるで菩薩のような温かな雰囲気を漂わせていた。
「・・・明日、掃除しにくる」
「おや、そうかい?何時も悪いね」
リヴァイはつかつかと彼に近づき、椅子に座りっぱなしの彼の足にドスンッと跨ぐように座り込んだ。
小柄と言っても、その筋肉量でリヴァイの体重は大分重い。
かつては人類最強と言われていたカイトでも、今ではほとんど鍛えていないらしく、何処か苦しげに「ぅ」と声を上げた。
だが、どうやらいつもの事らしく、リヴァイに批判的な言葉を投げかけることはなかった。
「おやおや、相変わらずの甘えたさんだね」
「うるせぇ」
・・・リヴァイがカイトに出会ったのは、エルヴィンによって調査兵団にスカウトされてしばらくの事だった。
かつて人類最強と呼ばれた男に会わせるとエルヴィンに言われ、連れて来られたリヴァイは驚いた。
あまりに温かく優しげな雰囲気を持ったその男は、どうにも人類最強という肩書を持っていたとは思えなかったからだ。
だが、話してみればすぐに分かった。
彼は肉体の強さだけではなく、強靭な精神力を持っていたのだと。
最初はエルヴィンが来るときだけ来ていたリヴァイも、いつの間にか一人でカイトの元へ訪れるようになった。
それを温かく迎えるカイトに、リヴァイは少しずつ甘えも見せるようになり・・・
「リヴァイの髪は何時も良い香りがする」
抱きついて来るリヴァイの髪をすっと掬いながらカイトは穏やかな声を出す。
リヴァイはそんなカイトの肩口に顔をこすり付けながら「ちゃんと洗ってるからな」と呟く。
「なぁ・・・」
「ん?」
「・・・何で、手前は怒らないんだ、カイト」
「何がだい?」
「外の連中だ。お前のことを『人類の恥さらし』だのなんだの言いやがって・・・今まで守ってきて貰った恩も忘れやがって・・・」
「リヴァイ」
カイトがすっと、リヴァイの頭を撫でる。
「私はね、リヴァイ・・・勝手な話かもしれないけど、正直彼等を守ってきたつもりはこれっぽっちもないんだ」
ぴくっと反応するリヴァイに、カイトはくすくすと笑う。
「家族のいない私にとっては、調査兵団こそ家族みたいなものでね・・・仲間は絶対に守りたかった。危険な場所へ赴く仲間を、全力で・・・だから私は、人々のためなんてそんな大義を掲げていたわけじゃない。私は仲間を・・・調査兵団の仲間を守るために戦ってきた。ただそれだけなんだ」
あまりにも穏やかな声がリヴァイの耳に入る。
そしてそのまま、じんわりとリヴァイの胸を熱くした。
「だから何を言われようと、私は平気なんだ。仲間を守れた。仲間を守って終われた。それは・・・とても名誉な事なんだ、私にとっては」
「・・・馬鹿野郎が」
ぎゅーっと抱きついて来るリヴァイを微笑みながら抱き締め返すカイトは「そうだね」と頷いた。
「リヴァイ。君も人類最強と呼ばれるようになった身だ・・・だけど、その名など関係ない。君は、君の守りたいものを全力で守れる兵士になりなさい」
カイトの肩口にすりっと顔を埋めながら、リヴァイは「ぁあ・・・」と小さく返事をした。
元人類最強の男
(俺はあんたを守りたいなんて言ったら・・・あんたは驚くだろうか)