俺の人生マジ積んだわ。
ついつい乾いた笑い声が口から小さく漏れ出てしまう。
目の前には大口を開けている巨人。我等が人類の憎むべき敵さんである。
そんな巨人を目の前にしている俺は、壊れてしまった立体機動装置と刃の折れてしまった武器を手に硬直していた。
まぁ、立体機動装置は壊れようとも壊れまいとも、もうガスが切れかかっていたのだから、遅かれ早かれこうなっていたことだろう。
刃が折れてしまっているのに新しいものと交換できないのだって、補給班が来てくれないからであって、俺のせいではない。ちなみに、ガス切れ間近だった理由もこれにある。
俺の周囲で飛び回っていたはずの同僚たちは既に物言わぬ巨人の食べかすと化している。
巨人の臭い口内の生暖かい風を感じる。俺は今すぐにでもこの巨人にぱくんと食べられてしまうのだろう。
出来れば一瞬にして殺してほしいものだが、相手にそれが出来るわけもない。
いっそ、その大きな足で一瞬にして踏み潰してくれたら即死できるだろうに・・・
そんな馬鹿なことを考えてしまう分には、俺は既に人生を諦めているらしい。
この作戦が終了したら一緒に酒でも飲もうと約束した友人もいたのだが、その友人は食べかすの中の一つで、もうその約束を果たすこともない。
両親は遠い昔に死んでしまっているし、婚約者なんていう存在もいない。よって、俺が死んで悲しむような人間は誰一人としていないのだ。
なんて悲しい人生だと嘆いてしまいそうになるが、しがない兵士の一生なんて、結局はこんなものだったのだろう。
ただ一つ、この作戦前に初めて声をかけてくれた我等が兵士長様に「お前の動きは悪くない・・・期待してるぞ」とか言われちゃった手前、俺の無駄な死は本当に申し訳なく感じる。
まぁほら、俺達一兵士にとって、雲の上の存在であるはずの兵士長様にあんなお言葉をかけて貰えたんだ。人生の最期にもたらされた幸運とでも考えよう。
良い人生だったとは言えないが、まぁそういうこともあるのだろうと、俺は冷静ぶって目を閉じた。
「――おい、何してんだ」
突然、先ほど考えていた人の声がして、俺はハッと目を開いた。
気付けば、俺を今にも喰らわんと口を開いていた巨人が目の前から消え、代わりに目の前には物凄く怖い形相をした兵士長さまが立っていた。
その兵士長様の後ろからシュゥウウッという音がするあたり、おそらくあの巨人は兵士長様によってあっけなく倒されてしまったのだろう。
「へ、兵士長、様・・・」
「俺は何をしてると聞いてんだ。答えろ」
あまりの迫力に俺は慌てて胸に拳を付けて敬礼のポーズを取った。
「は、はいっ!ここ一帯の兵士は俺を除き死亡。俺自身も巨人を駆逐する最中に立体機動装置が破損。補給班とも連絡がつかなくなってしまい武器もなく、目の前で口を開く巨人になすすべなく、死をむかえようとしていました!」
「クソが」
「ぅっ・・・!」
思いっきり蹴り倒された!
「別の隊に応援を求めることだって出来ただろうが」
「い、いえ・・・俺たった一人のために応援を呼ぶなどできません。一人の兵士の命よりも、より多くの命の方がずっと重要です。ですから、俺は――」
「俺はお前に『期待している』と言ったはずだ」
「・・・ご期待に副えず申し訳ありません。他の兵士の命を一つも守ることが出来ず――」
「そういうことじゃねぇよ」
ま、また蹴られた!!!!
蹴り倒された上に更に蹴られるなんて、俺はどれだけ兵士長様のご機嫌を損ねているんだ。蹴られた腹はたぶん青あざになっている気がする。
「・・・クソが」
「も、申し訳ありません」
よろよろと身を起こしてから頭を下げる俺に、兵士長様は「・・・まぁ良い」と言って視線をずらした。
兵士長様の視線の先には、作戦終了を告げる狼煙が。
あぁ、終わったのか。俺は、生き残ったのか。
「行くぞ」
「は、はい」
俺は指笛で馬を呼び寄せた。
颯爽と俺の傍まで駆け寄ってきてくれた愛馬を撫でつつ「お前も無事だったのか、良かった」と笑う。もう壁内に帰れるとわかったからか、どうにも表情が緩んでしまう。
駄目だ駄目だ、今は兵士長様が傍にいるんだ。それに、油断は出来ない。
慌ててキュッと表情を引き締め騎乗しようとすると、兵士長様が「おい」と声を上げた。
騎乗しようと伸ばした手を一旦降ろし兵士長様を真っ直ぐ見る。
「俺は堅苦しい呼び方は好きじゃねぇ」
思わず「は?」と言いそうになるのを何とか堪えた。
「は、はい。えっと・・・それはどういう意味でしょうか、兵士長様」
「クソが」
「あぐっ!?」
鋭い蹴りが再び腹に入る。
先程から何度も蹴られているが、一応は手加減してくれているらしく今度は蹴り倒されずに済んだ。だが腹は痛い。
「手前の耳は飾りか?あ?」
「申し訳ありません」
何故怒られたのかわからないが謝るに越したことは無い。
それに俺は兵士長様に命を助けられた身だ。例え理不尽に怒られたとしても、この感謝の念は揺らぐことは無い。
「カイトよ、お前は俺の名前は知っているな?」
「は、はい。リヴァイ・アッカーマン兵士長様です」
「馬鹿な手前にわかり易く教えてやるから良く聞け。今言った名前の『アッカーマン兵士長様』を抜け。わかったな」
「は?あ、いえ、どういう意味でしょうか兵士長さ――」
「殺されてぇか?」
「・・・リヴァイさん」
冗談ではなく本当に人一人殺しそうな眼光をしていた兵士長様を畏れ多くも『リヴァイさん』と呼んでしまった俺だが、どうやらこれが正解だったらしい。
それで良いんだ、と一人頷く兵士長様は「さっさと馬に乗れ、戻るぞ」と俺を軽く蹴った。
兵士長様は理不尽
「お前の馬に乗せろ」
馬に騎乗したばかりの俺に兵士長様が発した言葉に耳を疑う。
「え?ですが俺は立体起動装置が壊れて・・・」
「誰が寄越せと言った。俺は乗せろと言っただけだ」
そう言いながら俺の前に騎乗した兵士長様に今度は目を向く。
「えっと・・・」
「さっさと行くぞ、カイト」
「は、はい」
少し低い位置にある形の良い頭をちらりと見つつ、俺は手綱をぎゅっと握った。
そうすると自然と兵士長様を腕に抱えているような構図になってしまうが、今はとりあえず帰還しようと考えることを止めた。