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※魔術列車前



昔から、乗り物に酔いやすい体質だった。



「うぉえ・・・マネージャー、ごめっ、ちょっと水頂戴・・・」

「わぁ!?名前さん、真っ青じゃないですか!」


慌てた様子のマネージャーが鞄から水の入ったペットボトルを取り出し、よろよろとしている俺の背に手を添えながらキャップを開ける。






「大丈夫ですか?酔い止めは飲まなかったんですか?」

「ゆ、由良間の奴が酔い止めを何処かに・・・」


あの野郎、この間のショーで俺のマジックの方がウケてたのをまだ根にもってやがる。陰湿な嫌がらせしやがって。



ぎりぎりと奥歯を噛みしめる俺にマネージャーは苦笑を浮かべつつ口元にペットボトルを運んでくる。

別に飲ませてくれなくても良いが、手の先までよろよろな今の状態ではペットボトルを取り落とすのが関の山だろう。


大人しく水を飲ませて貰い「ありがとな」と短くお礼を言う。






「移動の度にコレだと、大変ですね」

眉をハの字に下げ分かりやすく困った顔をするマネージャー。




もちろん俺自身も、この体質には非常に困っている。


路上でマジックを披露しているだけだった俺を舞台上へと引っ張り上げたのはこの幻想魔術団の団長である山神さんだ。

君には才能があるだとか、君の技術は舞台上で披露すべきだとか、様々な言葉で口説かれ入団したは良いものの・・・この体質のせいで移動時間は最悪の気分だし、今日はよりにもよって“船上”でのマジックショーである。


ギリギリまで「俺は参加したくない」とごねたが、そんなことが許されるわけもなく・・・






「・・・俺だけ徒歩もしくは自転車移動させてくんねぇかなぁ」


「流石に自転車じゃ海は渡れませんよ」

「船上マジックショーとかマジふざけてるだろ」

こんな状態でどうマジックしろって言うんだよ。むしろ口から嘔吐物という名のイリュージョン出るわ。





「元気出してください。本番まであと少しですから」

「ショーが終ったらすぐに寝込むから。打ち上げとか参加しないからな。こんな状態で酒飲んだら絶対死ぬわ」


「皆さんには僕から言っておきますから」

「うぅ、ありがと・・・」




背中を擦ってくれているマネージャーの優しさに泣きそうだ。


幻想魔術団の中で俺に優しいのって、マネージャーと見習いのさとみちゃんぐらいじゃないだろうか。もし二人が困ってる時は全力で助けてやろう。他の奴?勝手に困ってろ。特に由良間、手前が困ってたら全力で嘲笑ってやるからな。






「俺、マネージャーとさとみちゃんがいてくれれば後どうでも良いわ。マネージャーとさとみちゃん連れて脱退するわ」

「あ、有難う御座います」


「困ったことがあったら何時でも言えよ・・・あ、今のちょっと待って、出来れば乗り物上以外で頼む」



マネージャーの介抱のおかげか先程より幾分か具合は良くなった。

この調子で行けば、自分の出番は何とか乗り切れるだろう。








「名前さーん!そろそろ本番ですよー!」

遠くから響く声。この声はさとみちゃんだ。


わざわざ俺を呼びに来てくれたんだろう。あぁ、優しさが染みる。由良間は絶対に許さん。






「行きましょうか、名前さん」

「おぅ。悪かったな、マネージャー」


毎度毎度マネージャーには世話になっているから、本当に申し訳ない。







「いえ・・・あっ!名前さんのマジック、楽しみにしてます!」

「おぅ、任せとけ。なんたって、俺のマジックは完全オリジナルだからな。誰にも負けねぇさ」


由良間には悪いが、今回のショーも俺の独壇場にしてやる。







よろよろマジシャン









「見ててくれよマネージャー、由良間の野郎のプライドずたずたにしてくるから」

「ほ、程々にしてくださいね」

程々に?あぁ、全力でって意味か。理解した。



あとがき

路上でマジックしてた無銘のマジシャン。
子供やお年寄りを相手にしていることの方が多かったからか、『派手さ』よりも『楽しんでもらう』ことを重視している。派手好きな客にはウケない。
子供のお客さんにはもれなくお菓子をプレゼント。何処に隠し持ってんだというレベルでお菓子を出しまくるが、そのお菓子は前日に自分でせっせと作っている。意外とお料理上手。

魔術列車の時はたぶん部屋で寝込んでる。
高遠が犯人だったことより、高遠がマジック出来たことの方に驚いてる。たぶんまた高遠に会っても普通に接する。



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