再会するとは思ってなかった。
「ドゥニヤ姫様!」
突然呼ばれた私の名前。
振り返れば、一人の男が私に向かって驚いたような・・・けれどもとても嬉しそうな目を向けていた。
「名前・・・?」
覚えてる。
彼はイサアクと同じ、私の大事な大事な人だった。
王宮の門番。
私とイサアクが何処かへ遊びに行くときは、決まって「お土産話、楽しみにしてますよ」と笑顔で送り出してくれる、優しくて明るい人だった。
でも彼は死んだ。死んだと思っていた。
何故ならあの悲劇の日、王宮の門番はマグノシュタットの攻撃を一番最初に受けた。
生きてるはずがないと思っていた。
「貴方、どうして・・・」
「お恥ずかしながら・・・姫様に無様な姿をお見せすることになってしまいました・・・」
名前の顔に浮かぶ、自嘲の笑み。
よく見れば、名前の右腕の服の裾がやけにひらひらと・・・
「!・・・貴方、手足が・・・」
「右腕と左足を失い・・・目が覚めた私は、王族や貴族の方々の死体の山の一つとして捨て置かれていました。どうやら人は私を死体だと勘違いしたのでしょうね・・・」
渇いた笑みを浮かべる名前の左足は義足だった。
彼はその不満足な身体で、私の前に跪く。
「門を・・・王宮を守れず、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる名前に、私は泣きたくなった。
貴方が謝る必要なんてないじゃない。
貴方一人でどうにか出来る様な相手じゃなかったんだもの。
右腕を失い、左足を失い・・・それでも戦い続けたのでしょう?そんな貴方を、私はどうして責められようか・・・
「名前・・・顔を上げて・・・」
「はい、姫様」
「生きててくれて・・・有難う」
「・・・はい、姫様」
にこりと微笑む名前。
「私も、生き残りを見つけることが出来、嬉しく思います」
「貴方は、今まで生き残りに出会わなかったの?」
「・・・どいつもこいつも、ムスタシム王国の民としての誇りを持たない愚か者ばかりッ・・・!!!あれを生き残りとは言いません!!!あんな奴等は、生ける屍と同じです!!!!」
苦しげな顔で言う彼。心を痛めているのね。あぁ、彼は優しい人だもの。そう、とっても優しい・・・
「・・・姫様、まさか後ろで控えているのは、イサアクですか?」
「ぇ?えぇ、そうよ」
はっとして後ろを見る。
そこには、私が作り出した人形であるイサアクが――
「イサアク!!!お前も生きていたんだな!あぁ、良かった!これで三人ですね、姫様!」
「ぁっ・・・」
あぁ、名前は知らないのね。
イサアクが死んでしまったことも、私が今何をしているのかも・・・
嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑ってる名前。
「イサアク、姫様をちゃんと守っていたか?姫様のご成長を知っているのはお前だけなのだからな、後で私にも教えろよ?あぁ、姫様だけでなくお前にも会えるとは・・・」
「・・・・・・」
「・・・イサアク?」
返事をしないイサアクに、名前は不思議そうな顔をする。
私は慌てて「イサアク、返事をなさい」と命令した。
「あぁ、俺も再会できて嬉しい、名前」
イサアクの返事に、少し目を瞬かせた名前はふわりと嬉しそうに笑った。
あぁ、そうだった。名前とイサアクは、とてもとても仲が良くって・・・
私はそんな二人が大好きだった。二人して、私を守ってくれると言ってくれた、そんな彼等が。
「貴方は今までどうしていたの?」
「・・・何かを為そうとも、この不完全な身では何もできません。マグノシュタットに下ることも我が心が許さず・・・ただ只管に、旅を続けて参りました」
姫様は今どちらへ?と問われる。
あぁ、どうしようか。素直に教えてしまおうか・・・
ねぇイサアク、貴方ならどうするかしら。
大事な友人である名前を、貴方ならどうするかしら。
貴方は優しいから、こんなにボロボロの名前を手伝わせたりしないわよね。
傷の具合を心配して、置いていくのでしょうね。
「・・・ごめんなさい、名前」
――貴方には、言えないの。
私の言葉に、名前が身を固くした。
「・・・姫様は、祖国の復興を目指しておられるのですか?」
聡い貴方は、すぐに理解してしまうのね。
私の無言を肯定と取った名前は、小さく微笑んだ。
この笑顔は知っている。イサアクが訓練で怪我をしていた時とか、私が無理を言って困らせてしまった時とか・・・
困ったような、心配するような、受け入れようとしてくれているような・・・
「・・・えぇ。だから、貴方を連れて行くわけにはいかないの」
「わかっています。不完全な私では、姫様やイサアクの足を引っ張ってしまうでしょう」
「ち、違うわ。足を引っ張るだなんて・・・」
「いいのです。私が一番わかっていますから。それに姫様は・・・私を心配してくださっているのでしょう?」
「・・・えぇ」
ぽんっと頭に手が置かれる。
あぁ、これも知ってる。
優しく頭を撫でてくれる名前の手。長い時間が経っても、絶対に忘れることがなかったぬくもり。
「では、私は待っていましょう。ずっとずっと、待ち続けましょう」
「えぇ、えぇっ!待っていて頂戴」
イサアクがちらりと私を見る。わかってるわ、そろそろイスナーン様のもとへ戻らなければ・・・
「名前、私はもう行かなければならないわ・・・」
「はい。どうか、お気をつけて」
小さく笑みを浮かべながら、私とイサアクへの送り出しの言葉を口にする名前。
私は泣きそうになるのを抑えて、笑った。
「・・・ごめんなさい、名前」
早く国を復活させるわ。
そうしたら、一番に貴方を招待する。
そしてまた、王宮の門番をして貰うの。
私とイサアクがお出掛けするのを笑顔で見送って、笑顔で迎え入れてくれる、そんな貴方を。
ねぇ、待っててね。
私、頑張るから――
私が大好きな人
「・・・姫様を守れよ、イサアク」
もう肉体はなくとも、お前のことだ。傍で見守っているのだろう?
わかるさ、私はお前の友なのだから。
そう言った男は、本当は全てを知っていた。