完璧な人間なんてこの世に存在しない。
どんなに完璧に見せたって、何処かに粗が出るんだ。
父も人間だ。
本来ならば手を出して良いはずがない使用人の女に手を出したのだって、仕方ないことだ。
そして後々になって実はもう一人息子がいたのだと発覚することだって、仕方ないことだ。
なんせ、所詮は人間なのだから。
どんなに尊敬される立派な王様だって、どんなに威厳ある偉大な父だって――所詮は人間なのさ。
『今日からお前たちの弟になる。仲良くしなさい』
王座に座す父の言葉に私はただただ頷くのみ。弟は私の後ろに隠れながら小さく返事をした。
唐突なことで、王宮に波紋が生まれるのは当然のことだったが、私には関係の無いことだった。
けれど、もう一人の弟が出来てしばらく。私は何となく察してしまった。
父はきっと・・・あの子を王にするのだろう、と。
愛する女の子供を王にしたいと思ってしまうのは当然だ。
いや、父がそんな理由だけで次期王を選ぶわけではないことは知っている。
王宮の中しか知らない者よりも、王宮の中のことも外のことも知っている者を王に選ぶことは、とても利口なことだ。
けれども、父の中にはたとえ僅かだったとしても確かに『愛する女の子供だから王にしたい』という理由があったはずだ。絶対に無いなどとは言えないのが、この世の辛いところだ。
私は父があの子を王にしたいと思っているのは知っていたし、別に私は王になりたいと思っていたわけでもなかった。
突然スラムから来た子供が自分の弟だと言われ、驚かなかったわけではない。
けれどもその子は勉強にも鍛錬にも一生懸命で、特に嫌いになる要素はなかった。だから、嫌いではなかった。好きでもなかったが。
最初はスラムの子供だからと周囲はあの子に冷たかったが、次第にそれも無くなり・・・
逆に、あの子を支持する人間が増え始めた。あの子が次の王だと期待する人間が増えた。
キラキラと輝く金の髪と、同じくらいキラキラと輝く笑顔のあの子。
それを見ていて、ふと私は思ってしまった。思ってはいけないことを、思ってしまった。
・・・私って、どうしてあんなに必死になって勉強や鍛錬をしていたのだろうか。
どうせあの子が王となるのに、何故私は今まで頑張らなければならなかったのだろうか。
国を任される人間だからと、人より多くの勉強をした。
国を守る人間だからと、人より多くの鍛錬をした。
勉強は寝る間も惜しんだ。鍛錬は、それこそ血を流すことだってあった。
遊ぶ暇なんてない。子供らしいことをしたことはほとんどない。
なのに私は、王にならない。なれない。
私の人生って・・・
何のためにあったのだろうか。
国の為、国民のためにあったと思っていたこの人生。
けれどその全てが、あの子が王になることで無駄になる。
そう、無駄になってしまう。
全てが終り。はい、おしまい。
本当は、こんな疑問を持ってはいけなかった。
疑問を持った時点で・・・私の人格は“破綻”していた。
世界は一気に色を無くし、私の世界は灰色になった。
何をやっても何があっても、私の世界は灰色のまま。
何時しか生きる気力さえなくなって・・・
私は、高い高い塔の上から下を見下ろしていた。
あぁ、此処から飛んでしまえば――
「お前、何やってんだ?」
「・・・・・・」
目の前に、宙に浮いた人間が現れた。
ついつい驚き硬直する私に相手は楽しそうに笑い「なぁ、答えろよ」と私の目の前に降り立った。
「・・・飛ぼうと、していた」
「飛ぶ?お前、魔導師なのか?」
「違う」
「じゃぁ、飛べねぇじゃん。落ちるだけだろ」
「・・・知ってる」
私は別に、大空を自由に飛びたかったわけじゃない。
ただただ、もう何も考えたくなかったのだ。
考えるだけ無駄だった。考えるだけ、馬鹿だった。
「お前、変なヤツだな」
「・・・・・・」
「そんなに飛びたいなら、俺が飛ばしてやるよ」
何やら悪戯を思いついた子供のような顔をした相手が、私の腕を掴んだ。
明らかに不審な相手。衛兵を呼ぶべきだろうか・・・
否、別に私がどうなろうと、次の王となるアリババさえ無事ならどうとでもなるのだ。
「ほら、これに乗れよ」
目の前にあるのは絨毯。
成程。飛ぶとは、これで飛ぶということらしい。
ぐいっと腕を引っ張られ、そのまま絨毯の上に乗った私。
絨毯がふわりと浮かび上がり、一気に上空へと上がった。
頬に当たる夜風が心地良い。
「どうだ!」
「心地が良い・・・誰だか知らないが、わざわざすまないな」
目を細め礼を言えば、相手は少しきょとんとした後、にかっと笑った。
「もっと上に行ってやっても良いぜ」
「あぁ。頼もうか・・・」
どんどんとバルバッドの街並みが小さくなっていく。
「小さいな・・・」
「バルバッドなんて小せぇ国だ。俺のいる煌帝国は、此処の倍以上はあるぜ!」」
「煌帝国・・・あぁ、お前はそこの者か」
「お前じゃねぇ。ジュダルだ」
「そうか・・・私は名前だ、ジュダル」
ジュダルと名乗った彼に私も名を名乗ると、ジュダルは「へぇ、名前ってんだ」と頷いた。
その間もどんどん上昇していく絨毯。
風の心地よさと目の前の景色で、私の心の中にどんどん涼やかな風が舞い込んでくるのを、確かに感じた。
小さい。本当に小さい。
これが、私が今まで灰色だとか色が無いだとかと思っていた世界だと言うのだろうか。
嗚呼、本当に・・・
「私は、随分と小さい世界を見ていたのだな・・・」
ついつい、口から笑みが零れた。
あの小さな国の、小さな王宮の中で・・・小さな小さな私は、悩んでいた。
「有難う、ジュダル。お前のおかげで私は、救われた気がするよ」
そっとジュダルの手を取って笑えば、ジュダルは「なっ、ぇ・・・」と口をぱくぱくとさせる。
「何かお礼出来ることはないだろうか。私に出来ることなら、何でも言ってほしい」
「だ、だったら、よぉ・・・」
「あぁ、何だ」
「お、俺をっ――
俺を娶ってください!!!!」
「・・・ん?」
頬を赤く染め、ひしっと自分の胸に飛びついて来たジュダルを咄嗟に受け止めつつ、私は状況が理解できずに首をかしげた。
虜にするのは簡単さ
翌日から、毎日のようにやってくるジュダルにほぼ日常的に求婚されるようになってしまった。
・・・殆ど喋ったことのないアリババや、普段あまり自己主張をしないサブマドが、やけにジュダルに帰れコールをしているのをよく見る様にもなった。
ザブマド成代り主
基本無表情。あまり喋らない。
笑った顔がイケメン過ぎて破壊力が凄い。