007
僕は自分が“小松”だと信じて疑わなかった。
だからトリコさんたちを待ち望んでいた。
けれど何時まで経っても来てくれなくて・・・
見せられたあの映像には、確かに“僕”とトリコさんが映っていた。
“僕”はトリコさんと一緒に、笑いながら食事を取ってて・・・
え?何?どうして?と、疑問は止むことを知らず、僕の頭の中は真っ白になり、それとは反対に、心は真っ黒に染まった。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてッ、どうして・・・?
何故映像の中の“僕”はあんなに幸せそうに笑っているのに、僕は今此処にいる?
何故?何故トリコさんたちは僕を助けに来てくれなかった?
本当はわかってる。トリコさんたちのせいじゃない。知ってる。知ってるのにッ・・・!!!!!!!
「ッ・・・」
ハッとして大きく目を開ける。
あぁ、そういえばスタージュンという彼が持ってきた食事をようやく食べて、寝て・・・
全身、汗でびっしょりだった。
酷く心が重い。苦しい。
その時、キィッと開いた扉。
この部屋にくる人間なんて、限られてる。
「スタージュン、さん・・・?」
「・・・あぁ」
スタージュンさんと一緒に部屋に入ってきたのは、ジョージョーという人。
「酷い顔だ」
「・・・ちょっと、夢見が悪くて」
膝を抱えながら言う僕に、スタージュンさんは「そうか」とだけ言った。
「お前自身のことを話そうと思う。・・・ジョージョー」
「はい。スタージュン様」
ジョージョーという人が、僕によくわからない文字の沢山書かれたものを見せる。
よくわからない。
僕が小さく首を振れば、文字の一つ一つを指差しながら、僕の身体に起こったことを説明し始めた。
僕の身体にグルメ細胞が移植されたのは知ってる。
だから、最初の説明は、ぼんやりとだけ聞いていた。
けれどそんな僕も、説明が長くなればなるほど、どんどん僕の中の血液がさぁっと引いていくのがわかった。
かたかたっと震える手。
「そ、んな・・・じゃぁ、僕は・・・」
僕は“小松”だけど、同時に“小松”じゃない。
グルメ細胞によって生まれた、“小松”の記憶を持っている別の生き物で・・・
「ッ、僕はっ、僕は・・・」
目から溢れてくる涙は、止まることを知らない。
涙を流しながら、僕は悟ったんだ。
「僕はッ、――トリコさんたちのことろに、帰れないッ」
帰る場所なんてない。
だってすでに、そこには“小松”がいるから。
僕を待ってくれている人なんて、最初からいやしなかったんだ。
「あ゛あぁァアあぁァあぁぁああああッ!!!!!!」
頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。
死にたい。死んでしまいたい。いっそ、殺してほしい。
生きる意味なんてないんだ。
僕の頭の中にある記憶は、僕の記憶している僕の“居場所”は、本当は僕のものじゃなくて、だから僕にはなにも無くてっ、それでそれで――
「美食會に入らないか」
「・・・ぇ?」
まるで世界が停止したように、僕の身体が動きを止める。
スタージュンさんは真っ直ぐ僕を見つめていた。
「お前が美食會に加わる気があるなら、話は全て私がつけよう」
「何で・・・」
あぁ、そうか・・・
「利用価値があるからですか?ははっ・・・そうですよね。身体の大半がグルメ細胞で機能してるヤツなんて、珍しいですもんね。それに、僕には“小松”としての料理人の知識もあるし」
何も、“僕自身”を必要としてくれてるわけじゃない。
所詮、僕は“小松”の紛い物なんだから。
僕はハハッと嗤いながら膝に顔をうずめる。
「僕は、所詮・・・」
「勘違いされては困る」
「・・・・・・」
「確かに私は、あの料理人に興味を持ち、今回の行動に出た。しかし、私の興味はすでにあの料理人にはない。今の私の興味は、お前だ――○○」
「○○・・・?」
初めて聞く単語に、僕は顔を上げた。
スタージュンさんは目の前にいる。
その彼が小さく笑って言うのだ。
「お前は“小松”の紛い物ではない。“○○”という個人だ」
「○○・・・」
それは、僕の名前だとでも言うのだろうか。
僕は小さく身体が震えた。
震えて、震えて・・・
「ッ、ぅッ、うぅッ・・・」
再び涙を流しながら、スタージュンさんに手を伸ばして。
僕の手を掴んだスタージュンさんに、ぎゅっと抱きしめられる。
嗚呼ッ、もう、どうにでもなってしまえとさえ、思えてしまった。
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