002
そもそも僕は最初からあまり乗り気ではなかった。
今年から始まったマグル界への留学制度。
それはマグル界へ偏見を少しでもなくそうという取り組みの一環だ。
マグルの世界の学校へ一定期間通い、レポートをまとめる。
最後にはそれをホグワーツ全体へと発表するというシステムで、留学というよりも調査と言った方が良いだろう。
その第一回目の候補として挙がったのは、マグルの世界をよく知っていて、成績もそこそこ良い僕とリリー。
候補は他にもいたが、他は皆辞退した。マグルの世界の興味はあっても、実際に魔法を使わずに生活するなんて考えられなかったのだろう。
ちなみに、あまりにもマグルに好奇心を持ちすぎているポッター達は最初に候補から除外されていたため、僕とリリーは大分羨ましがられた。
だが僕としては良い迷惑。
それでも・・・
リリーを行かせなくて良かったと思う。
こんな酷い場所、リリーに来てほしくない。
彼女は僕が辞退させたんだ。
認めたくないが、リリーとポッターは・・・好き合っている。
ポッターに気を遣っているようで嫌だが、リリーのためだ。
リリーに大変な思いはしてほしくないし、癪だが好きなヤツと一緒の方が良いに決まってる。後悔はしてない。
僕が留学した先は、魔法とはあまりに無縁そうな島国だった。
一般の中学校への入学の手続きを済ませ、翌日からその学校へ通うようになった。
外国から来た僕は相当珍しかったらしく、ずっと生徒たちに付きまとわれる形になった。
それを大きく変えたのか・・・
「ねぇ。私、菜花って言うの。よろしくね?セブルス君」
まるで僕を品定めするような目で見てきた、一人の女子生徒だった。
目の前にいる女子生徒を見ていると、なんとも不愉快で・・・
僕としては何事もなくこの留学を終わらせたかった。なのに、それはその女によって見事に砕かれてしまった。
「貴方は不合格。私の世界に入るには、ちょーっと物足りないわ」
よく覚えてる。
誰もいない放課後の図書館。
可愛いとでも思っているのか、やけに短いスカートから伸びた足を組み、僕を見下すように見ていたその女から放たれた一言。
その時の僕は「だったら何だ。僕には関係ない」と言った気がする。
女の顔は醜く歪み「あっそ」と笑って、それで――
「じゃぁ消えてよ。貴方なんて、邪魔なだけよ」
そこからはあまりに展開が早く、覚える暇もなかった。
いや、嘘だ。しっかり覚えてる。
ただ、自分でも信じられないような展開だったから、言葉で言い表しにくいんだ。
たしか女は突然耳に残るような煩い叫び声を上げた。
その制服は少し乱れていたように思われる。
そこに駆けつけてきた奴らの顔はよく覚えてない。同じクラスの奴らもいたかもしれない。
立っていることしかできない僕を殴り飛ばしたのは、髪色が鮮やかな生徒だった気がする。
ちかちかする視界の中「絶対に許さない」という言葉が、やけに頭に響いていた。
どうやったらそんな団結できるのか、その日からクラスの奴ら、後には全く知らない奴らにも、僕は“制裁”を受けることとなった。
マグルの前で魔法は使えない。
体力はあまりない僕が、抵抗できるわけもなかった。
ただただ僕は奴らの暴力をその身に受けるより他なかった。
ホグワーツへ助けを求めることも出来たかもしれない。
けれど僕は変な意地を持ってしまったんだ。
定期的に手紙を出してくるリリーに心配をかけたくない。
彼女には昔から助けられてきたんだ。今回ぐらいは・・・と。
けどもう、それも限界かもしれない・・・
バシャッ
「ッ・・・」
トイレのあまり綺麗とは言えない床に倒れ込んだ僕に、水がかけられた。
全身ぐっしょりと濡れ、気持ちが悪い。
「おら、そろそろ菜花に謝る気になったか?」
「ゴホッ・・・」
鼻から入った水のせいで、とても苦しい。
「返事しろよ」
「ぅッ」
腹を蹴られ、ほとんど何も入っていない胃から吐き出されるものはなく、妙に苦い胃液だけが口から出た。
きったねぇと笑う奴ら。
僕がグッと奥歯を噛みしめた。
その顔が気に入らなかったのか、また蹴られた。
体力も大分消耗していて、喋る気力すらない。
最近では、痛みにも鈍くなってしまった。
「チッ・・・つまんねぇヤツ。もう行こうぜ」
奴らが去って行った後も、僕は床に倒れたまま、動けなかった。
僕の目からは涙は流れない。
何故なら奴らとの付き合いは零と言っても過言ではない。
どんなに罵声を浴びせられようとも、心には響かない。
けれど屈辱なのは確かで・・・痛みも確かにあって・・・
それでも僕の涙が流れないのは、
まだ僕自身が、往生際悪く、今のこの状況をよく理解しようとしてないせいなのかもしれない。
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