006
長時間のモデル。
人よりも集中力はあるつもりだが、流石のはじめにも限界がある。溜まってきた疲労感。
しかし○○はまだまだ集中できるらしく、先程から筆が止まっていない。
既に昼食時間になろうとしているのに気付いたはじめは「ぁの」と声をかけた。
ぴたりと止まる、○○の手。
「そろそろ、お昼にしましょう」
「・・・・・・」
「まさか、食べないとか言いませんよね?」
はじめの言葉に、○○はゆっくりと筆を下ろした。
「じゃぁ、昼食用意しますね」
椅子から立ち上がり、すたすたと歩いていくはじめを見送りながら、○○は今まで自分が描いていた絵を見た。
まだまだ、描き途中の絵。
木炭で引かれた線、線、線。そして、少しの色。
その中に、何となく浮びあがっているはじめの姿。
アトリエに使っているその部屋には、沢山の絵が置き去りになっている。
どれもコレも、何をイメージしているのかよくわからない絵ばかり。
けれども、その絵は暗い色で統一されていてお世辞にも明るいとはいえない。
スケッチもそうだ。
手足のげた人形、死んだ昆虫、積もった埃・・・どれもこれも、見た人を陰鬱にさせるものばかり。
けれど、まだ線の状態であるこの絵は、幾分かマシな気がした。
「・・・・・・」
ぐぅっと、少しだけ鳴った腹。
「○○さん。出来上がりましたよ」
「・・・・・・」
キッチンの方から聞こえた声に、○○はゆっくりと立ち上がる。
のそのそと動いた○○の手は、木炭と絵の具で汚れていた。
「手、洗ってきてください」
椅子に座るよりもさきにはじめに言われてしまい、○○は再びのそのそと動き出した。
他の場所と同様に、綺麗に掃除させた水道。
そこで手を洗う。
「洗いましたか?じゃぁ、食べましょうか」
淡々としているはじめの正面の椅子に腰掛けると、そこには温かそうな昼食。
「サンドイッチにしてみたんですけど、嫌いな具はありませんでしたか?」
「・・・ない」
「それは良かったです」
並べられた、綺麗なサンドイッチ。
手にとって食べれば、それは朝食同様に美味しい。
「・・・美味しい」
「そうですか」
満足そうに笑っているはじめの顔をチラッと見てから、○○はもそもそとそれを食べた。
腹が満たされる感覚。
はじめが来る前は、食べなかったり、どうしてもふらふらしたらサプリメントだったり、そんな食生活だった。
風呂も入らないし、起きている間は絵ばかりを描いていた。
けれど今は、こうやって食事を取っている。
「その酷い隈も何とかしないといけませんね。ちゃんと寝てますか?」
「・・・さっき、寝てた」
「スケッチしながら転寝してた程度じゃないですか。今夜はちゃんと寝てください」
「・・・・・・」
「会って数日の僕が言うことではないかもしれないですけど、モデルを引き受けた以上、貴方のそのだらしない生活を見過ごすわけにはいきません」
サンドイッチを食べながら、紅茶を飲んでいるはじめは、様になっている。
○○はといえば、それをじっと観察しているばかり。
返事も「・・・あぁ」と、聞いているのかないのかわからない程、なんとも鈍い。
「もうすぐ食べ終わるから、食べ終わったらまたモデルしますよ」
「・・・あぁ」
短く返事をした○○は、自分にも用意されている紅茶を一口飲んで「・・・美味しい」と小さく呟いていた。
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