005
「・・・貴方は、生きる気はあるんですか?」
最初は、はじめの蔑むような言葉で始める。
食材の沢山入った袋を手に立っているはじめの目には・・・
綺麗になった床に寝そべり、床に広げられたスケッチブック・・・それに顔を埋めるようにして・・・寝ている、そんな○○が映っていた。
最初こそ、倒れて気絶しているのかと思ったはじめだが、かすかに聞こえた寝息に、冒頭の発言をした。
○○はと言えば、はじめの声にゆっくりと顔だけ向けた。
○○の近くには、はじめが置いていった食パンが半分以上なくなっていた。
ジャムが使われた形跡はない。そのまま齧ったのだろう。
「・・・ぁ、さ・・・」
「今日は祝日で、部活も休みになったんですよ。まったく・・・朝はしゃきっとしてください」
ふわぁっと欠伸をした○○の顔が退いたスケッチブックには、齧られた食パンが描かれていた。
「ほら。顔を洗って、髪形もどうにかしてください。あまりに不潔です」
「・・・・・・」
腕を引っ張り立ち上がらせれば、○○はよろよろと去っていく。
その間にキッチンへと行ったはじめは、持ってきた袋の中身を冷蔵庫へと移す。
「フライパンはありますね。油も卵も、いろいろ買ってきたし・・・簡単にベーコンエッグにでもしましょうか」
油の引かれたフライパンを火にかけつつ、卵を割る。
ジュウッと良い音が響き、良い香りも漂った。
「あぁ。ちゃんと顔洗いましたか?」
「・・・・・・」
こくりと頷くのは、キッチンを覗き込んでいた○○。
若干長い髪が、後ろで少し雑に結われている。
「すぐに出来上がりますから、待っててください」
はじめの言葉を聞くと、○○は顔を引っ込め、何処かへ消える。
出来上がった二人分のベーコンエッグを皿に盛り、サラダとスープもつける。
トレーにそれらを乗せて運び「○○さん、出来ましたよ」と呼びつける。
相変わらずのたのたとした足取りでやってきた○○が椅子に腰掛けるのを見て、はじめも椅子に腰掛ける。
掃除をしているときに気付いたことだが、この洋館においてある食器も椅子も、二人分。
誰かと一緒に住んでいたのだろうか。と思ったはじめだが、あえて聞かないでおくことにした。
「さぁ、食べましょう」
「・・・・・・」
○○が無言のまま頷いたのを確認してから「いただきます」とはじめが言う。
はじめの声の後に「・・・ぃただきます」と小さく言った○○が、フォークを手に食べ始める。
「美味しいですか?」
「・・・・・・」
「・・・すみません。お口に合いませんでしたか?」
「ぃや・・・美味しい」
やっと○○の口から出た、まともな言葉。
その後は、もくもくとはじめの作った朝食を食べた○○。
その様子に、はじめも満足そうな顔をした。
食べ終えた○○は「絵・・・」と呟きながら、その場を立ち上がる。
後片付けはしないらしい。
はじめは小さく溜息をついて、○○の分の食器まで片付けた。
「そういえば、僕は・・・モデルを頼まれたんですよね」
食器を片付け終え、小さく呟いたはじめ。
モデルと言っても、何をすれば良いのか・・・
自分の勝手で、部屋の掃除やら朝食の用意までしてしまったが、別に世話を焼きたかったわけではない。ただ、その汚さと生活態度のずさんさが気に入らなかっただけだ。
モデルをするんだったら、いっそのこと○○の生活を改善させようとしているだけ。
「まぁ・・・この洋館も美しいですし、善しとしましょう」
○○がアトリエとして使っているのであろう部屋に足を踏み入れれば、特徴的な絵の具のにおいがした。
「・・・モデル」
「あぁ、はい」
大きなキャンバスと、その目の前に座っている○○。
キャンバスの後ろには、少し大きめな木製の椅子。
「・・・座って、くれ」
「ぁ・・・格好、このままで良いんですか?」
このまま、というのは、はじめの私服の・・・大きくバラが刺繍されたシャツのことだ。
「・・・別に・・・いい」
「そうですか」
頷き、その椅子に腰掛ければ、早速○○が絵を描き始めた。
「・・・ぁ」
こちらをじっと見てくる○○の視線に、はじめは小さく震える。
真剣な目。
こちらに向けられる、真剣な視線。
「・・・動かないで・・・欲しい」
「ぁ、すみません・・・」
ハッとして謝ったはじめは、出来るだけ○○と目を合わせないようにした。
しかし、しばらくして○○の手が止まった。
「・・・――俺を、しっかり見て」
「っ!」
その言葉にはじめは軽く眼を見開く。
「は、はぃ・・・」
こくこくと頷くはじめは、じっと○○を見詰めた。
トクンッ、トクンッ・・・
はじめは何となく・・・この胸の温かな何かの正体に、気付いていた。
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