003
「んふっ・・・少しはマシになりましたね」
風呂から上がってきた男にはじめは言い放つ。
男が風呂に入っている間に、はじめはいろいろと調べた。
「勝手ですが、キッチンを調べさせてもらいましたよ」
「・・・・・・」
「本当に何も無い。冷蔵庫の中も、一体何年ものか分からない食材ばかり!!!!食事はどうしてるんですか!?」
「・・・・・・」
男の視線が、床に落ちているサプリメントの空き箱に向けられる。
はじめがピクッと反応した。
「まさかまともに食べてないとか言うんじゃないでしょうね!?あぁ、もう!!!!だからそんなにひょろひょろしてるんですよ!!!!!それだけ身長があるんですから、しっかり栄養を取らないと駄目でしょう!?今日は仕方ないですが、明日からはもっとマシなものを食べなさい!!!!!」
凄い剣幕だが、男は已然ぼーっとしているばかり。
「折角こんな素晴らしい洋館に住んでるんですから、少しは掃除したらどうですか!?何処も彼処も埃塗れ!庭は荒れ放題で、もう哀れで仕方ありませんよ!!!!!!ちゃんと聞いてるんですか!?」
「・・・・・・」
男は小さく頷いた。
「まったく・・・貴方も良い大人でしょう!?自己管理も出来ないなんて、どういうことですか――」
そこまで言った時、突然男がはじめの肩に触れた。
次に頬、髪がするすると撫でられる。
「な、何ですか・・・」
突然のことで困惑するはじめに、男は言った。
「モデル・・・なって欲しい」
「ぇっ、も、モデル・・・?」
無言で頷いた男。
流石に、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
その間にも、男ははじめをじっと観察しては、肩や頬に触れている。
その手つきには、まったく厭らしさはない。
真剣に、美術の分野ではじめを見ているのだろう。
生気の無い目ではあるが、その奥には真剣さが垣間見え・・・はじめは少しだけ息を呑む。
「金は・・・無い。絵が、売れないから」
真顔でそういった男に、つい顔を引きつらせてしまう。
この洋館に住まい続けられているだけでも奇跡に近い。
「けど・・・何か、お礼は・・・する」
「ですが・・・」
別に男から金を貰いたいわけではないが、はじめは悩んでしまう。
自分は学生で、しかもテニス部所属。
土日の練習だってもちろんある。
寮の時間だってある。
目の前の男のモデルになる時間は、ほとんどないだろう。
「・・・時間は・・・少しずつで、良い・・・」
「・・・んふっ。良いでしょう」
男自身が少しで良いと言っているのだ。多少は大丈夫だろう。
そこではじめは気付いた。
もしかすると・・・
この汚い洋館を片っ端から変えられるかも、と。
はじめはこれはチャンスだと思った。
「ついでですから、この洋館も貴方の私生活も、僕が改善させてみせますよ」
んふっ。と笑ったはじめに、男は・・・
「絵を、描かせてくれるなら・・・何でも良い」
それだけ言って、ダルそうに欠伸をした。
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