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009




辛い。

正直辛くて仕方ない。



「・・・・・・」

私はチョコチップクッキーを焼いていた。


昨日の買い物でクッキーに必要な材料は買い揃えていたから。

オーブンで美味しそうに焼きあがったクッキーを見て、私は陰鬱な気分になっていた。





今日は、フリッピーの家に挨拶に行く。


もちろん他の住人にも挨拶に行くのだが、フリッピーの家は一番厄介だ。




彼は私が私だと知らないのだから。




私は出来上がったチョコチップクッキーを個別に包装紙、リボンを掛けた。

これを挨拶ついでに配れば良い。


私はカバンにクッキーの袋を詰めこんで、そのまま家を出た。

まずは公園に行って、この間の子供達にでもクッキーを配ろう。





「あ!○○さんだー!」


「こんにちは」

この間あんなことがあったのに、皆笑顔で駆け寄ってきてくれた。




「甘い匂いがするぅ」

いち早く気付いたのはやはりナッティだった。

今日も甘いお菓子を食べている。




「そうだよ。今日は君らにプレゼントがあるんだ」


カバンから人数分のクッキーを取り出し、一人ずつ手渡す。



「ぁ、こらナッティ。一人一個だよ」

「えぇ〜!」


「また今度アイスでも買って上げるから。ね?」

「わぁーい!」


何とかナッティが全部食べてしまうのを阻止してから、子供達が嬉しそうにクッキーを食べるのを眺める。





「このチョコチップクッキー、すごく美味しい!」

「どうやって作ったの?」


キラキラした目で見てくる彼らに「レシピ通り作っただけだよ」と返す。




「おっと、そろそろ行かなきゃ」

「何処に?」

「近所の人に挨拶。出来れば全員に挨拶したいから、急がないと」


「皆にクッキー配るの?」

「もちろん」



「じゃぁフリッピーが凄く喜ぶわ!」

ギグルスが笑顔で言う。




「だってフリッピー、チョコチップクッキーが一番好きだもの」

「そうなんだ・・・」


知ってるよ。

知ってるに決まってるじゃないか。


私は「教えてくれて有難う」とだけ言って、その場を立ち去った。





カバンを持つ手がグッと強く絞まる。

あぁ・・・




「吐きそうだ」




いっそのこと今此処で自分の喉を切り裂いて死んでしまおうか。


なんて、馬鹿なことを考えてしまった私は、一軒の家の前に到着した。

庭の方から、可愛らしい笑い声が聞こえてくる。




ギュッ

「・・・?」


「あぁ、こら!カブ、戻ってきなさい!」



足元に何かいる。

こっちに駆け寄ってきたのは、赤いガウン姿の男の人。



「あぁすみません。カブ、放しなさい」


足元に居る子はカブというらしい。

カブは笑顔で私の脚にくっついている。


私は小さく笑いながらその子を抱き上げ「可愛らしいですね。お子さんですか?」とその人に尋ねた。




「えぇ。もしかして新入りの方?」

「はい。○○と言います」


「私はポップ。その子の父親です」

「そうですか・・・よろしくね、カブ君」


笑顔でカブ君に言うとカブ君はキャーッと言いながら私の胸にぎゅーっと抱きついた。





「何かとご迷惑をかけるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

ポップさんにも深々と頭を下げると、ポップさんは笑顔で「こちらこそよろしくね」と優しく笑ってくれた。



「これ、お近づきの印です」

「わぁ、チョコチップクッキー?どうもありがとう。礼儀正しい子で嬉しいよ」


「そう言っていただけると嬉しいです」

「昨日来た子なんて、フリッピーから聞いていたのか知らないけど、出会いがしらに『あ!ポップさん!』と指を刺されてしまってね。別に嫌な気がしたわけじゃないけど、ちょっとびっくりしてしまったよ」


困ったような顔をするポップさんの口から出た私は一瞬だけ顔を引き攣らせた。




「・・・あぁ、私と同時期にやってきた女の子ですか?」


「そうそう。彼女、自分の自己紹介をし忘れてね。名前も知らないんだ」

「そうなんですか。きっと、次会った時にわかりますよ」



腕の中にいたカブ君をポップさんに渡そうとすれば、カブ君は思いのほか強い力で私の腕にしがみついていた。


「はははっ、○○君が気に入ったのか、カブ」

可愛いなぁと思いながらカブ君の頭を撫で、その後ようやく放してくれたカブ君の頭をまた撫でてから「ではまた」とその場を立ち去った。





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