007
「おや、お散歩ですか?○○さん」
暖かな太陽の光が降り注ぐ。
○○は杖を手に、外を歩いていた。
もちろん、出来るだけ家から離れることも無い、近所の道。
足元ではエーフィが嬉しそうに歩いている。
「えぇ。お天気が良いって、エーフィが散歩したがってましたから」
にっこりと穏やかに微笑んだ○○に同意するように、エーフィが小さく鳴いた。
○○に声をかけた近所のおばさんは「そうなの」と頷くと、○○の腕などに巻かれている包帯をちらりっと見た。
「この間は大変だったみたいねぇ。怪我、もう大丈夫なんですか?」
言われてやっと気付いたように「あぁ。これですか?」と呟いた○○は、笑顔で「もちろんです」と言う。
「たいしたことありませんよ。もう包帯だって取って良いと思っちゃうぐらいですから」
「ふふっ。無理しないでくださいね?」
「はい。ご心配、有難う御座います」
軽く手を挙げてそういうと、○○はエーフィと共に再び歩き出す。
「皆、優しいね。エーフィ」
ぽつりと呟いた○○。
「それは、とっても嬉しいことなのだろうね。けど・・・」
そこで○○は少し言葉を止め、そのまま見えない目で空を見る。
自然な動作で目を閉じ、風を感じた。
「私は、どうしても喜べない。私は・・・贅沢かな?」
少し切なそうな声。
その声に反応したエーフィは心配そうに○○の足に擦り寄った。
「ぉっと・・・ごめんね、エーフィ。君に心配をかけてしまって」
ハッとしたように笑みを浮かべた○○。
けれど、本人は知らない。
その笑みがとても無理していたことに。
本人は、無理した笑みというものも知らないのだろう。
長年、主人を見続けてきたエーフィは、少し悲しそうに鳴いた。
「私は幸せ。きっと、幸せなんだよ」
幸せを繰り返す○○。
確かに、彼の周りは、彼を気遣う人間で溢れている。
彼を見かければ身体を気遣い、何か困ったことは無いかと尋ねる。
○○は一人で生きては居ない。
周りの人間が食べ物を提供して、何かあればすぐに駆けつける。
まるで・・・
――飼われているようだ。
そんなことを、何となく思っていた○○は、けれど絶対に口には出さなかった。
自分は周りの人間に感謝しなくてはならないのだから。
文句を言うなんて、とてもいけないことだから。
自分で出来る事は自分でしたい。
目が見えないだけで、他は健康。
なのに、周りは○○を酷く気遣って、必要以上の庇護をする。
その庇護は必要ないのに、それがないと○○は駄目なように周囲は振舞うのだ。
「・・・私は幸せ」
小さく微笑んだ○○。
そうでなくてはならないのだと、自分に言い聞かせている。
「私は、とっても・・・」
幸せなはずだよ。
自分に言い聞かせ、エーフィにも言い聞かせ・・・
「こんにちは、○○君。具合はどう?」
「とっても元気ですよ」
今日も穏やかで優しい笑みを浮かべている。
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