置き去りピーターパン
大人になれない子供がいた。
子供なのに大人だった。
少年は何時までも子供で、
周囲はそんな少年を哀れんで――
《宮田SIDE》
「みーやーたーさぁーん」
「・・・・・・」
診察室にいた俺は深くため息を吐いた。
どうやら今日も・・・“求導師様”が来たようだ。
俺はゆっくりと椅子から腰を上げ、待合室に向かう。
待合室には「宮田さん、何処ですかー」と声を上げている牧野さんと、それを抑えようとしている美奈がいた。
「きゅ、求導師様、他の患者さんもいますので、少し声を落として――」
「あ!宮田さんだぁ!」
美奈の声を完全に無視してこちらにかけてくる彼。
にこにことした笑みを、真っ直ぐと俺に向けている。
「こんにちは・・・牧野さん」
「こんにちは、宮田さん!」
ぺこっと頭をさげてきた牧野さんはやはり笑っている。
牧野○○。
この羽生蛇村の求導師にして、ある種の精神疾患を抱える男。
そして・・・俺の兄。
俺の兄であるはずのこの人は、何時まで経っても子供のまま。
まるで、子供の頃のまま、時間が止まったような・・・
子供の頃はわからなかった。
何時でもにこにこしていて、幸せそうで・・・それが酷く憎らしかった。
けれどどんどん大人になるにつれて、彼の異常性が浮き彫りになってきた。
彼は子供っぽく振る舞っているわけではなく・・・正真正銘の、子供なのだと。
それを知った時、俺は何だかほっとしたのを覚えている。
子供の頃から碌に笑えず、欠陥だらけだった俺。
子供の頃からいろんな人に笑顔を振りまき、愛された兄さん。
全てが完璧だと思われた兄さんの、予想外の欠陥。
医者としてはどうにかすべきだとしても、俺にとっては嬉しいことでしかなかった。
「・・・で、今日は何の用ですか?」
美奈には仕事に戻る様に言ってから、牧野さんを個室に通す。
「遊びましょ!」
牧野さんは笑いながら言った。
「・・・まだ仕事中なんですが」
「ぇー?遊びましょうよぉー」
むっとしたような顔をする牧野さん。
牧野さんの我が儘は今に始まったことじゃない。
村には老人が多く、牧野さんを甘やかす人間は多い。
八尾さんも大分甘やかしている様だが、俺はそうはしない。
「駄目なものは駄目です」
はっきりと断れば、牧野さんの目にじんわりと涙が浮かぶ。
「他の人と遊べば良いでしょう。石田さんとか、きっと暇ですよ」
「うー・・・」
唸りながら俯く牧野さん。
「でも・・・宮田さんと遊ぶ方が楽しいです」
「・・・・・・」
その言葉についつい固まる。
・・・牧野さんは何時もそうだ。
俺がどんなに冷たくしても、懲りずに俺の所に来る。
昔からそうだ。
昔から、何を言っても・・・
『もう来ないでくださいっ!俺はアナタのことが大っ嫌いだ!!!』
子供の頃叫んだ言葉を今も覚えている。
傷だらけの俺、幸せそうに笑う牧野さん。
憎らしくないわけがなかった。
感情に任せて叫んだ言葉に、牧野さんは大泣きした。
・・・なのに、次の日もまた俺の所に来た。
『遊ぼうよ、ねぇ、一緒に遊んで』
笑みを浮かべながら俺に手を伸ばすんだ。
そんな彼がやけに温かく見えて・・・
『・・・少しだけ、なら』
家に帰れば母にきつく叱られるとわかっていたのに、その手を取った。
きっと・・・あの日が一番、人生で楽しかった日だと思う。
俺は大人になった。
けど、牧野さんは大人になることを拒絶した。
愛される求導師と、嫌われ者の宮田。
どちらが幸せかなんて明白だったが、俺から言わせれば・・・
「・・・少しだけですよ」
「はい!宮田さん、大好きです!」
・・・大人になれない牧野さんは、酷く哀れに見えた。
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