003
「○○さん・・・」
「ぉー・・・」
「○○さん○○さん○○さん・・・」
「ぁー、うん」
ソファーに座っていた俺の膝に跨るように座り、ギューッと抱きついてきた司郎君は、延々と俺の名前を呼び続ける。
どう返事をしたら正解なのかわからないが、とりあえず俺は司郎君の背中を撫でてやった。
そういえば・・・
小さい頃も、こんなことがあった気がする。
俺と司郎君は従兄弟だけど、あまり遊んだことは無い。
生憎、司郎君とは家が少し遠かったんだ。
それに俺はあまり病気にかからなかったし、病院ともあまり縁がなかった。
だからなのか、司郎君と遊ぶのは、数ヶ月に一回あるかないかの、頭痛持ちの母さんが病院に薬を貰いに行く日だけだった。
俺の方が年上だったから、その頃小さかった司郎君は、より小さく見えていた気もする。
母さんが医者・・・司郎君のお父さんと話している間、ボーッとしている俺を扉の影からこそっと見詰めているのが司郎君で、それに何時も気付く俺は「司郎君、みっけ」と笑って、司郎君の手を取って病院の外に遊びに行った記憶がある。
司郎君は何時も黙ってたし、一時期は「喋れないのかな?」と勘違いしたほどだ。それほど、司郎君は無口だった。
けれど、俺が握った手を、絶対に振りほどかない子でもあった。
司郎君は自分から何をして遊びたいということは絶対になかったから、俺は「じゃぁ、今日はかくれんぼしようか」とか言ったりしてた。
で・・・そこからが問題なんだけど・・・
じゃんけんで、司郎君が鬼に決まって、目をギューッと閉じて10を数え始める司郎君を置いて、俺は走り去った。
ぎりぎり司郎君が見得る位置に隠れて、司郎君が10数え終え、辺りをきょろきょろするのをジッと見届けていた。
たった二人のかくれんぼというのも、ちょっと淋しいものだったけど、俺は楽しかった。
きょろきょろと必死で俺を探している司郎君を見るのも楽しかったし、普段は魂が抜けたように静かな司郎君が「○○、さんっ?○○さんっ」と俺の名前を呼ぶのも楽しかった。
だから俺はずっと隠れてた。
何時の間にか時間が大分過ぎ去っていて、司郎君は・・・
「○○、さんッ、○○さん・・・うわぁぁぁぁあああああああんッ!!!!!!」
泣き出してしまったんだ。
やばい、やりすぎた。と思った頃にはもう遅い。
その場に泣き崩れてしまった司郎君に慌てて駆け寄って「ごめんね、司郎君」と言いながら抱き締めた。
そしたら司郎君は「○○さん○○さん○○さん」と、俺から離れようとはしなくなって・・・
結局、俺の母さんが来てくれるまで、俺は泣きながら俺の名前を呼ぶ司郎君におろおろしていた。
「○○さん・・・」
「んー・・・」
今の司郎君は、泣いてこそいないが・・・あの日の司郎君に酷く似ている。
「俺は此処にいるよ」
何気無く、俺はそう呟いた。
バッ!!!!と顔を上げた司郎君。
「○○さん・・・今・・・」
え。何でそんな驚いた顔をするんだろう。
「ん?あぁ・・・なんか、小さい頃、二人だけでかくれんぼしたことを思い出していたんだ。俺の名前を呼びながら辺りをきょろきょろしてる司郎君を見てるのが楽しくて、結局泣かせちゃったけど・・・」
あの時はごめんね。と司郎君の頭を撫でると、司郎君はふるふるっと首を振った。
「あの時は・・・ただ、不安だったんです。もしかしたら、もう○○さんは俺を置いて帰ってしまったんじゃないかって。もう、俺なんかいらないんじゃないかって。だから・・・淋しくなって、泣いたんです」
「俺は勝手に帰ったりはしないよ。ちゃんと、帰るときは言うし、司郎君がいらないとか思うわけがない」
グググッと、司郎君が俺に抱きつく力が強くなる。ちょっと痛い。
「本当ですか・・・」
「・・・何が?」
「勝手に、いなくなったりしませんか?ずっと俺の傍にいてくれますか?」
司郎君のいう“ずっと”が“死ぬまで”と聞こえてしまう俺は。きっと、間違ってはいないだろう。
その目に狂気を揺らめかせ、断ればすぐにでも俺を殺しそうな司郎君。
けれど、何故か俺はあまり怖くなかった。
脳裏に・・・あの泣きじゃくっている幼い司郎君が掠めて、俺の感覚を麻痺させていた。
「・・・司郎君・・・」
俺はそっと司郎君の頭を撫でる。
「出来るだけ・・・傍にいる」
今の俺には、そんな曖昧な返事しか出来ない。
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