002
『ぁーらら。君、運が無いねぇー』
僕の意識を呼び戻したのは、まったく知らない男の声だった。
ゥッ・・・というくぐもった声を出しながら目を開ければ、僕は僕の知らない場所で倒れ込んでいた。
バッと立ち上がると眩暈がする。
『あぁ、駄目だよ。駄目駄目。突然立ったら辛いでしょ?なんたって、君は死んじゃったばかりだからね』
「ぇ・・・?」
目の前の、異様なほど綺麗な見た目をしたその男の紡いだ言葉に、僕は頭が真っ白になった。
「し、死んだ・・・?」
此処は何処だ。
僕の頭の中のような、真っ白な世界。
前後左右、上も下も・・・全部全部が白。
けれど塗りつぶされたような白ではなく、何も“無い”白。
いや、白と言うのも曖昧かもしれない。色が無いから白だと、僕が勝手に解釈しているのかもしれない。
『覚えてないかい?君は階段から足を踏み外したんだ。そのまま、まったく受け身も取れずに転がり落ちて・・・頭を強く打った』
酷く綺麗な男は、酷く綺麗な指・・・人差し指を一本立てて説明する。
一言一言を聞くたびに、僕の心は沈んでいく。
『ま、正確には意識不明の重体だけどね』
「それじゃぁ――」
『けど、死亡確率の方が遥かに高い』
一瞬でも心に灯った光は、一瞬にして消される。
わざとそんな言い方をしたのだろうか。そうだとすれば、目の前の男は酷く性質が悪い。
『別にわざとじゃないさ。君が勝手に早とちりしただけ』
「なっ!?声には出してない――」
『まぁ・・・“神様”だからさぁ。それぐらい容易いんだよね』
「か、神・・・?」
まるで本の中のような話だ。
本、という単語で、僕は自分の大切にしていたあの本のことを思い出す。
僕が死んだら、あの本はどうなるんだろうか。
僕の墓に埋められるだろうか、誰かが貰うだろうか、それとも捨てられてしまうだろうか・・・
『相当あの本が好きなんだ?何だっけ、題名は――』
「『Other story』だ」
間髪入れずに答えてしまう自分が、ほんの少し恥ずかしい。
『そう、それそれ。――その世界に連れてってあげても良いけど?』
「ぇ・・・?」
意味が分からない。
『実はさ、君が死んだのって、こっちの責任でもあるんだよね。ほんのちょっぴりだけど』
「そ、それはどういう・・・」
『君がだぁーい好きな“○○君”だけど・・・彼のことを考えて上を見る瞬間は・・・ちょっとタイミングが違ったんだ。君がアレをするのは廊下。階段じゃなかった。こっちの、運命を管理する輩が失敗しちゃってさぁ。まぁ、場所を少し変えちゃった程度・・・まさか死んじゃうなんてねぇ。君が不運だったとしか言いようがない』
「そんな・・・ぅ、運が悪いで済ませるなんてッ」
不運?そんな言葉で、僕の死は片付けられてしまうのか?
神にとって、僕の命なんて、そんな小さなものなのだろうか。
そう思うと、何だか泣きそうになってきた。今にも泣いてしまいそうだ。
『泣かれると困るし、話は最後まで聞いてよ。だからさ、こっちにもちょっぴり非があるから、お詫びしようかなって』
「じゃぁ今すぐ生き返らせ――」
『それは無理』
「な、何故だ・・・」
『世界はコンマ以下の単位でどんどん進んでる。その中で一回外れたネジは、もう入る余地がないんだよ。まだ君は意識不明だけど、次期に君というネジは完全に外れてしまう。そうなれば、生き返るっていう選択肢は無いんだよ。悪いけどさ』
「そんなことって・・・」
心臓がつぶれてしまいそうなぐらい、胸が痛かった。
生きてるのがつらいと思う時だってあった。けれど結局は、僕は死にたくはなかった。もっと生きたかった。なのに・・・
『だから別の選択肢を上げるんだよ。さっきも言ったでしょ?君が会いたい会いたい、○○君に会えるチャンスを上げる』
「で、出来る・・・のか?」
『一応神様だしねぇ。それぐらい朝飯前さ。あちらの世界の神にはもう話つけてあるし・・・』
どうやら、最初から僕をその世界に行かせるつもりだったらしい。
何だか、まるでこの世界から追い出されるような・・・
『別に追い出すわけじゃない。君が意識不明の重体っていう身体の間は、一応君はこっちの管轄だし、すっっっっっっごく低確率だけど、万が一君が生き返れる兆しがあったら、元に戻してあげるし』
その言葉にまた落ち込んでしまう。
『特別に特典も沢山つけてあげる。・・・んじゃ、長話も何だから、とっとと連れてってあげる。まぁ、せいぜい楽しんでよ。見守っててあげるから』
勝手にそう締めくくった神は、指を軽くパチンッと鳴らした。
その音が僕の耳に届いた瞬間、僕の視界はぐらりと揺れる。
ぇ?という暇もない。
一気に僕の意識は、再びブラックアウトしてしまった。
次目が覚めるとき・・・
実は夢だった。なんてことになっててはくれないだろうかと、僕は切に願う。
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