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008




「そういえば、お前は俺の名前を呼ばないな」

お茶を飲み、一息ついたかと思えば、彼はそんな言葉を口にした。



僕が彼を呼ぶときは、大抵が『彼』『院長』『尾崎医院の』等など・・・

確かに、名前を呼んだ試しは無い。


自然と、他人の名前を呼ぶ事は少ない。

先日静信さんにもそのことを指摘されたばかり。





「まぁ、俺もお前の名前をまともに呼んだ事はねぇけど」

ポケットからほぼ無意識のように煙草を取り出す彼に軽く顔をしかめると、彼は慌てて煙草を仕舞った。



「悪い。癖だ」

「医者が煙草・・・村人に示しがつかないんじゃないですか?」


「まぁ、医院内では吸ってないから平気だろう」



簡単にそう言う彼。

僕は煙草を吸わないから、煙草の良さというものがよくわからない。


たぶん、わからなくても良いのだろう。




「で・・・?何で、俺の名前を呼ばないんだ?」

「何故今頃そんなことを聞くんですか」


「静信の名前は呼んでるだろ」

ビシッと僕を指差す彼に、僕は軽く首をかしげる。




「特に理由は。まぁ・・・あるとすれば、あちらも分野は違えど僕と同じ、“つくる人”ですから」

「チェッ・・・そうかよ」




大人気なくムスッとした顔をする彼を見つつ「何故、名前にこだわるんですか」と尋ねた。

元々他人との交流が少ない僕としては、名前なんてあまり問題のないものだと思っている。


絵につける名前だって、絵の中身そのままを題名にしたり、時には数字だったり・・・

題名にこだわったことは無い。ただただ、思いついた名前を付けるだけ。


名前なんて、個人個人を分ける名称だと思っている。

それを、他の人たちは大切にしている。よくわからないけど。






「なんとなく・・・お前に俺の名前を言わせたいだけだ」

彼はムスッとした表情のまま、自分の持ってきた羊羹を口にする。



「何故?」

「・・・羨ましいんだよ、静信が」


「・・・羨ましい?」

「ちょっと親しい感じだろ。俺よりも、ずーっと」



そっぽを向きながら呟かれる彼の言葉。


僕は首をかしげるしかなかった。

親しい。確かに、関係は悪い方ではない。

出会えば挨拶をするし、会話もする。


けれど、それは彼とも同じ。

彼も静信さんも僕の自宅にたまに来るし、会話をする。


何処も変わらない。






「・・・もう、いい」

ため息交じりにそういってソファーから立ち上がった彼はすたすたと玄関まで歩いていく。


それを後から付いていく僕と顔をあわせようとしない彼は、拗ねた子供に見えた。変な話だけど。

彼はスリッパから靴に履き変えた。




「悪い。突然、邪魔したな」

ずっとそっぽを向いたままの彼が、バツの悪そうに息を吐いた。


背を向け、帰って行こうとする彼。

僕はしばらく考え・・・






「さよなら、――敏夫さん」





そう名前を呼んだ。

吃驚とした様子で振り向いた彼は、少し嬉しそうに口元を歪め、



「・・・おぅ」

短く返事をして、ポケットから取り出した煙草を口にくわえ、そのまま帰っていった。




馴染めることの無いこの小さな集落で・・・僕は少しだけ“親しみ”を感じた。





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