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007




《敏夫SIDE》


“余所者”が外場にやってきたのは、数ヶ月も前、まだ一年は経ってない。



この集落とは関係の無い人間が来るのは珍しい。けど、これが始めてというわけでもない。

その“余所者”は画家という職業をしていたらしく、初めて俺がソイツと顔を合わしたとき、微かに絵の具のニオイがしていた。


初めて俺とソイツが顔を合わせたのは俺の医院の中でのことだ。






「・・・最近、眠れないんです」






何処か魂の抜けたような表情でやってきたソイツを検査してみても、特に変わったところは見られなかった。

だから睡眠薬を処方して、その日は終わった。


けれどソイツは次の日も、そのまた次の日もソイツはやってきて、





「薬が全然、効かないみたいで、眠れないんです」

そう言った。





そこで気付いた。ソイツは、薬が効かない稀な体質なのだと。


治療の目処も付かなくなって、それを告げると「そうですか」とだけ言って、ソイツはぱったりと俺のところに来なくなった。

聞けば、ずっと家に篭って絵を描き始めたというじゃないか。



小さなこの集落では、噂はすぐに耳に入る。

ソイツが引っ越してきたときだって、噂は凄かった。






【若い無名の画家が独りで洋風の家に引っ越してきた】






最初はその程度だったが、ソイツが不眠症になって、家に篭るようになってからは噂は増す。



【夜中でもずっと明かりが付いていて、家主はずっと絵を描き続けている】

【まるで死人か紙のように真っ白な肌をしている】


その噂もほとんど事実で、その噂から生まれたソイツの集落の人間に与えた印象は――“不気味”だった。





たしかに、無心になって絵を描き続けているソイツは不気味だったかもしれない。

俺は薬を手にソイツの自宅へ行くことが多くなった。


医者としては、治療もまともにできていない患者を放っておくわけにもいかない。

幾度無くソイツの自宅を訪れるに連れて、散歩がてらに寄ることもあった。


今日は手に土産を持ってソイツの自宅に来ている。





ピーンポーンッ

この土地では少し目立つ洋風の家のチャイムを鳴らせば、何時だった家主が出てくるまでの間が空く。



ガチャッ


扉が開いた瞬間に、一瞬鼻を突くような油絵の具の強い臭いが立ち込める。

最初こそ顔をしかめてしまったが、これが何回にも続くと、そろそろ慣れてくる。






「・・・こんにちは」

扉からすっと顔を出したソイツに、俺は軽く片手を挙げる。

真っ白なシャツには、ところどころ絵の具が付着していた。



「今日は何の用ですか」

不眠症のせいか、何時だってソイツは顔色があまり良くない。



「いや、特に用事は無い。ちょっと寄っただけだ」


そういいつつ土産の入った袋を見せれば、ソイツは「そうですか」とだけ言って、少しだけ開けていた扉を更に開き「どうぞ」と家の中に入ることを許可した。

俺は慣れた動作で靴を脱ぎ、近くにおいてあるスリッパを履く。




この家に頻繁に立ち入るのは、俺と静信ぐらいのものだろう。

既に家の内部のことはほとんど理解している。


俺のすぐ前を歩くソイツに連れられて、今はアトリエとして活用されているリビングだった場所に連れられる。





「・・・でかい」

部屋の中心には、これまで見たソイツの絵の中で一番デカイ絵が置いてあった。


綺麗だ。けど、どこかゾッとする絵。

何処がゾッとするのかは説明できないが、それでも何処か、このデカイ絵は人を引き寄せるような・・・そんな感じな何かが秘められていた。





「まだ描いてる途中なのか?」

「はい、まぁ・・・」


床に無造作に転がっている筆をチラッと見ながらそういったソイツに袋を渡すと、ソイツは中身を確認する。





「羊羹ですか。だったら、緑茶を用意してきます」


ゆっくりとした足取りでソイツがキッチンへ消えていったことを確認してから、俺は慣れた動作でアトリエの奥にある部屋に進む。

そこが今リビングの代わりのなっている部屋で、あるのはゆったりと掛けられるソファーと少し大きめの机だ。





ソファーに座って待っていると、緑茶と羊羹をトレーに乗せたソイツが帰ってくる。


「どうぞ」

「ぉー。どうも」

軽いノリでそう言いながら、俺はその部屋の窓から見える外をチラリッと見る。





この家は、本当に孤立している。

窓の外は一面に木々が立ち並び、他の建物がまったく見えない。


木々のせいで薄暗いこの家は・・・

何処か別の世界を連想させていた。





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