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004




「へぇ。こりゃ凄い」

僕の絵を両手で持ってそう呟いた彼。





頼まれた絵は数日後に完成した。

24時間を完全に絵に費やしてしまえば、僕にとって完成は容易い。


久しぶりに自宅から足を踏み出し、日光の光の眩しさを感じながら、僕はこの医院にやってきた。





この村の人々の命を握っているといっても過言では無い医院。


その医院の院長である彼の手にあるその絵は、この集落の自然と、その奥にある少し古い家々を描いたもの。

静かさのあるその絵は、病院に飾ってあるに出来るだけ相応しいものに仕上げたつもりだ。





「御代、いくらだ?」

「いいですよ、別に。寝れない夜の暇潰しに描いた絵と言っても過言ではありませんから」


僕の言葉に苦笑した彼は「また睡眠薬処方しとくか?」と尋ねてくる。

どうせ効果が無いとわかっている薬を処方されても邪魔になるだけだし「いいえ、結構です」と僕は断る。





「お前が太陽の下を歩いているの、久しぶりじゃないか?」

絵を何処にかけようかときょろきょろしながら言う彼に「そうですね」と返事をする。



「この外場に来た最初は、よく外に出ていましたけど、もう家に篭りっきりですから」


不眠症の原因も解決法もわからず、もはや諦めが入ってしまった辺りから、僕は家からなかなか出なくなった。

太陽の光を直接感じたのも久しぶりで、なんだか新鮮だった半面、少し日光の光が鬱陶しかった気がする。






「外で気分転換するのも不眠症に効果があるかもしれないからな。たまには外に出てみるのも良い」

「あまり効果があるとは思えませんけどね」


投げやりな言葉を呟く僕に「そう言うなって」と言いながら、絵をかけるのに良い場所を見つけたのか、彼は別の部屋にいる看護婦さんに「金槌と釘持ってきてくれー」と声を発した。




しばらくしてやってきた看護婦さんから金槌と釘を受け取った彼は、なれた手つきで壁に釘を刺し、僕の絵を壁にかけた。

わざわざ壁に釘をブッ刺さなくても良かった気もするが、本人が満足そうな顔をしていたから、別に良いだろう。



「うん。ピッタリだ」

「それは良かったです」


看護婦が金槌と釘とと一緒に持ってきてくれた氷の入った冷たいお茶を飲みながら、僕は取ってつけたようにその言葉を言う。




彼は本当に満足そうな顔で僕を見て、

「有難う」

その言葉を言った。


都会では自分に向けられることのなかった言葉。





売れない画家なんて、ただひたすら作品を作り上げていくだけ。素人も同然。

無名の画家という名目の僕は、誰の目にも映っていない気がしていた。


彼の曲がりの無い目に、僕の顔が映っている。

健康的とは言いがたい僕が、映っている。


今まさに、僕がその目に、たしかに映っていた。




この集落に来て、僕は“余所者”という大きな看板を背負わされている気さえしていた。

人々の勝手な想像で、僕の人間像が作られていく。


集落の人々とはあまりまともに話した事はないけれど、僕は何時の間にか集落の人々から離れていっていた。

正直、人が嫌いだったかもしれない。都会の人間が嫌いだった。

都会と田舎の変わらないものは、噂好きな人間が沢山いるということ。




小さな田舎だからこそ、噂にはより大きな花が咲くのかもしれない。


原因不明の不眠症になってからは、いろんなことがどうでも良くなった。

都会にいても、どうせ僕はストレスで不眠症になっていたのかもしれないのだから、結果は同じ。きっと同じ。




そんな不眠症という最悪の出来事と引き換えに手に入れたのは・・・

こんな小さな、けれど確実な人の温かさ。


睡眠という大きな代償を持って手に入れた小さな小さな喜びに・・・

僕は満足できているのだろうか。






「・・・いえ。気に入っていただけて、良かったです」


とりあえず・・・

悪い気はしていない。





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