003
夜中になると、外はシンッと静まり返る。
時折、外の虫が動く音が聞こえる程度で、僕の家の周辺は静かだ。
余所者ということで、僕は集落の人々から少し距離をおかれている。
原因は、歩み寄らない僕にもあるのかもしれないが、生憎人付き合いが得意で無い僕が自分から歩み寄るなど、考え付かないことだった。
カリッ、カリッ・・・
部屋の中央でカッターナイフで鉛筆を削る。
沢山の絵に囲まれているこの状況は、まるで大勢の人間に見られている気分で、良い気分ではない。
けれど、空いているスペースが中央しかないため、必然的に僕は真ん中。
ピッ
「ぁ・・・」
ボーッとしていたせいもあって、カッターの刃が僕の指を滑る。
最初はただ呆然としていた僕の脳にじんわりと痛みが伝わってくると、血が流れ、床にポタッと一滴落ちた。
少し深く切ってしまったのかもしれない。
水道で手を洗って、絆創膏を張る。
床に落ちたままだった血は、最初こそ鮮やかで綺麗だったのに、次第に茶色っぽくくすんでくる。
その光景が酷くむかついて、少し乱暴にふき取った。
鉛筆とカッターナイフを放置して、キャンバスに筆を滑らせる。先程、僕の指を傷つけたカッターナイフよりも滑らかに。
色付けされていくキャンバス。
人が『綺麗』だという色に塗りつぶされていくキャンバス。
「・・・・・・」
唐突に、このキャンバスを汚したくなる。
美しいと言われる色に彩られたこのキャンバスを、ぐちゃぐちゃに汚したくなって・・・
ベシャッ
「・・・ぁ・・・」
手は自然と、そのキャンバスにパレットをぶつけていた。
沢山の色が交わり、綺麗な色が潰れる。
ガシャンッと床に倒れるイーゼルと、そこに立てかけてあったキャンバスは、虚しく床に転がった。
床をも汚してしまったその行動。
けれど僕は慌てることはなく、逆に落ち着いた動作でイーゼルとキャンバスをきちんと立て直し、雑巾で床を拭く。
キャンバスの絵は潰れて、なんとも汚い色になってしまっている。
後悔はしていない。
自分の手で絵を汚したこの行為に、逆に満足感すら感じてしまう。
しかし、しかし・・・
その満足感すら、絵がもう『完成』だと思った瞬間には消えうせ、絵はゴミも同然に見えてしまう。
キャンバスをそっと持ち上げ・・・
バキリッ!と思いっきり叩き折った。
無心になって壊す様は、きっと鬼気迫るものがあったのかもしれない。
「・・・ハァッ・・・」
少し離れた場所にある机の上から、紙袋に入った精神安定剤と睡眠薬を常人が飲んで平気な量以上飲む。
いつまで経っても効果を表さないその薬に若干の苛立ちを感じながらも、自分がこういう体質なのだと冷静に理解しようとする。
壊れたキャンバスを部屋の隅っこへ置く。
いらないものは隅っこへ。
幼い頃からそう思っていた僕は、自身すら隅っこに座り込んでいることが多かった。
都会が嫌いだった。別に、田舎が好きなわけではないけど。
都会の、何処か不躾な環境が、あまり好きではなかった。
上辺だけの人付き合い、上辺だけの美しさ。
田舎では違うということは別にないけれど、一人で静かに孤立していることにこそ、意味があるような気分だった。
新しいキャンバスを出して、再び色を重ねていく。
黙々と、ただ同じ行動を続けているだけの僕は・・・
――きっと、遠の昔に病んでいる。
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