003
ご主人は、幼い頃から気高い人だったにゃ。
野良猫だった僕を拾って・・・
ご主人の両親が猛反対しても、僕と一緒に暮らすと言ってくれたにゃ。
当時子猫だった僕は、その時とっても感謝したのにゃ・・・
ずっと、ご主人の傍にいると決めた。
「猫・・・私の可愛い猫」
ご主人の膝の上で、昼寝するのが大好きだった。
温かいご主人の膝。
僕をそっと撫でてくれる、優しいご主人の手。
僕を落ち着かせてくれる、ご主人の綺麗な声。
・・・けれど、二度とご主人の温かさを感じられない、ご主人の優しい声を聞けない・・・そう感じる時が、近づいてきていたのにゃ。
「あぁ・・・猫。お父様が死んでしまったよ。私は・・・淋しいよ」
ある日、ご主人の父親が死んでしまって、屋敷の中の皆が悲しんだのは最初だけ。
・・・次の日からは、誰が父親の財産を相続するかで、もめることとなってしまったのにゃ。
ご主人だけは、次の日も部屋にこもって、悲しんでいたのにゃ。
僕はずっと傍にいて、懸命にご主人の手を嘗めたりして・・・
「有難う、猫。お前だけ・・・お前だけだよ。私の傍にいてくれるのは」
ずっと、傍にいるにゃ。
そう言いたかったけど、ただの猫だった僕は・・・いえなかったのにゃ。
ただ「ニャァッ」と泣き声だけが響いてしまう。
それでもご主人は「有難う」と、僕の言葉を理解してくれたみたいに笑ってくれた。
・・・嬉しかったのにゃ。
「そんな・・・私に、全財産を相続だなんて」
しばらく経って見つかった遺言書には、そんなことが書いてあったのニャ。
その手紙を読んで、呆然としているのはご主人だけじゃなくて・・・
ご主人の母親や、他の兄弟たちもだったのにゃ。
その時から、屋敷に不穏な雰囲気だけが、立ち込めていた。
「・・・猫。怖いよ、私は・・・人の欲が恐ろしい。猫・・・お前だけは、私を裏切らないでおくれ」
当たり前なのにゃ。
僕は・・・ご主人の味方なのにゃ。
優しいご主人は、本当は・・・財産なんか、要らなかったのにゃ。
ほんの少し、食べていけるお金と、小さな家と、質素でも長く着れる服があれば・・・膨大な財産なんて、必要なかったのにゃ。
ご主人は、何時も僕に言い聞かせてくれたのにゃ。
「・・・猫。私はね・・・誕生日には、盛大なパーティーよりも、お父様たちに一言『おめでとう』と言ってもらえることの方が嬉しいし、プレゼントは高い服や宝石より、ただ一緒にいてくれる人がいるだけで良かったんだ。けれど・・・お父様もお母様も、他の兄弟もわかってはくれない。誰も、私の傍にはいてくれないんだよ。・・・だから、猫だけが、私の宝物だよ」
その言葉は哀しいけど、とっても嬉しかったのにゃ。
僕がご主人の宝物なら、ご主人は僕にとっても宝物なのにゃ。
僕を拾ってくれて、育ててくれて、傍に置いてくれて・・・
「・・・ね、こ・・・」
ご主人ッ・・・
血を流して倒れているご主人。
・・・殺されてしまったのにゃ。
「一緒にいて。私が息を、しなく・・・なるま、で・・・そ、ばに――」
嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ嫌にゃ――
僕を独りにしないで欲しいにゃ。
その言葉は届かなくて・・・
僕の目の前で、ご主人は死んでしまったのにゃ。
その瞬間に、
世界は完全に色をなくして・・・
僕は――
何時の間にか、
このホテルにたどり着いてしまったのにゃ。
ご主人と似たような、二本足で歩く生き物の姿になってて・・・
けれど、ご主人の褒めてくれた紫がかった毛並みは、もうボロボロで・・・
「ご主人・・・ッ」
今僕を抱きしめてくれているご主人に、
僕は涙を流すことしか出来なかったのにゃ。
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