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※堕辰子成代り主。微原作沿い。


「眠らなくても良くなる薬?」

「ありますか?」

診察室の丸椅子に腰かけ、愛想笑いのような曖昧な笑みを浮かべながら問いかけてくる彼に「残念ながら」と返事をすれば、少し残念そうに彼は笑みを深めた。

おそらくそんな薬がないことは最初からわかっていたのだろう。しかしそれでももしかしたらと、期待して問いかけたのかもしれない。

笑みを浮かべた後、少し目を伏せた彼に「何故そんな薬が欲しいんですか?」とやや興味本位で尋ねる。


彼はこの村では極々一般的な農業家系の息子で、若いながらも農業の腕は確かな彼は周囲の人間からも慕われている。

好青年と言うに値する人当たりの良い青年で、そんな彼と俺は会えば世間話をするし、彼からはよく差し入れの野菜を貰う。その程度には関係性を築けていると思う。

俺の問いかけに少し間を置き「可笑しな話かもしれません」と前置きの言葉が告げられる。


「構いません。話してみてください」

今でこそぎこちない笑みを浮かべている彼は普段は明るく快活な、それこそ悩み一つなさそうな表情をしている。そんな彼の『悩み』。娯楽の少ないこの村で、一風変わった話題があるなら是非聞きたいものだ。

やや、というのは嘘だ。彼に続きを促すのは殆どが興味本位である。勿論話しを聞くならば村唯一の医者としての仕事は全うするつもりだが。


「頼みますから、この話は誰にも言わないでください。こんな話、他の人が聞けば僕の頭が可笑しくなったと思われてしまう」

「患者の情報は他者に公開することはありません」

あえて事務的に言えば、彼は少し安堵したように息を吐く。


「夢を、見るんです」

「夢?」

「食べられる夢です」

食べられる夢。悪夢、ということだろうか?悪夢を見るのが嫌だから眠りたくないだなんて、案外つまらない内容だなと内心がっかりしつつ、それを表に出さずに「と、言うと?」と続きを促す。

夢の内容を思い出しているのだろうか。先程まで辛うじて浮かんでいた笑みが姿を消し、怯えたように顔色を悪くする。


「痩せ細った人間が沢山近づいてきて、僕の身体を食べるんです」

ふり絞るように声を発した彼は、震える両腕で彼自身の身体を抱く。

「皮膚も肉も内臓も、全部全部食べられて、とても痛くて・・・痛くて痛くて痛くて痛くて・・・」

ただ怖い夢を見ただけとは到底思えない、尋常ではないほどぶるぶると震える彼。普段の彼を知っているからこそ、その姿は痛ましいものだと思えた。


「うっ、ぅ・・・止めてって言っても聞いてくれないんです。怖くて、悲しくて、寂しくて、痛くて、辛くて・・・」

ついには上半身を丸め頭を抱えながら唸りだす彼に、そろそろこの話は止めさせた方が良いのではと腰を浮かす。

どう見たって普通じゃない。

夢もそうだが、この怯えよう。ただの夢に普通此処まで怯えるものだろうか。精神的な疾患の可能性も考えつつ、錯乱状態になりつつある彼を刺激しないようにその肩に手を伸ばした。


「沢山、くるんです」

俺の手が肩に触れた瞬間、顔を上げぬまま彼が言う。

「何がです?」

「女の子たちが、沢山。生贄で・・・」

生贄?と首を傾げた俺の手に、血の気が引いたのかひんやりとした彼の手が触れる。まるで縋るように両手で手を強く握られたが、俺は刺激しないようにとただそれを受け入れた。


「でも、別に生贄が欲しいなんて思ったことないのに、沢山の女の子たちが僕の所にくるんです」

彼の話を頭の中で整理していくうちに、俺は「おや」と思い当たるものを感じた。

羽生蛇村の、その一部の人間しか知らない秘密の儀式。花嫁と言う名の生贄として出される少女・・・


「僕は何度もいらないと叫ぶんです。でも、どんどん女の子は増えて・・・僕は泣いて泣いて泣いて、周りは僕の涙と身体から流れる血で真っ赤に染まって・・・」

俺の両手を握り締めたまま彼がゆっくり顔をあげる。その顔は涙に濡れて恐怖に歪んでいる。その顔で、まるで助けを求めるような眼で俺を見つめていた。

「怖い、痛い、辛い、苦しい、もう終わりたい、もう、もう・・・」

「名前さん」

握り締められている方とは逆の手を、彼の手に添える。

「落ち着いて。俺の声に合わせて深呼吸をしてください。はい、吸って・・・吸い過ぎないで、ゆっくりでいいですよ。さぁ息を吐いて・・・」

出来る限り優しい声で指示をすれば彼は素直に従い、ゆっくり深呼吸をする。

相変わらず顔色は悪いが、俺の言葉がきちんと届いているようならある程度の対処ができるだろう。


それにしても彼の夢、これは偶然だろうか。この村の秘密を何か一つでも知っているようなら、こちらで『対処』する必要がある。

「宮田先生っ、僕は・・・頭が可笑しくなってしまったんでしょうか」

その問いかけに、俺は不思議と頬が緩みそうになった。

気分が良いのかもしれない。俺はその気分のままに彼の手を引き、俺にされるがままとなって倒れ込んできた彼の身体を慰めるように抱きしめた。一瞬どこぞの求導師と求導女の姿が思い浮かんでしまったが、すぐに意識の外に追い出す。


「大丈夫です」

酷く怯えた様子の彼は、不謹慎ながらも可愛らしく見えた。

普段の明るく快活な、まるで太陽のような笑みを浮かべる彼の方が周囲には親しまれているのは知っている。けれど普段の彼は、俺には眩し過ぎた。

彼がこの話をしたのはおそらく俺が初めてだろう。俺が村唯一の医者であるからという理由もあるだろうが、秘密を打ち明ける相手に『教会』ではなく『俺』が選ばれたことに、俺は密かに高揚感を感じていた。

されるがままに抱きしめられている彼の背を撫でる。村の秘密を知っている可能性がある彼については慎重に対処しなければならない。ならば、可能な限り俺が彼の行動をコントロール必要があるだろう。


「夢の原因はわかりませんが、私と一緒に治して行きましょう。何も怖がることはありません」

「本当、ですか?」

不安気な彼と目が合い、俺はにこりと笑って見せた。別にあの求導師の真似事などしているつもりはない。けして。

「えぇ。私が何とかします」

笑顔のまま頷けば、彼はほっとしたように息をついた。

よかった、と呟きながら俺の肩口に顔をうずめてくる。

日に焼けて少し茶色になった髪からは石鹸の良い香りがする。その香りを楽しんでいる俺の肩口がじわりと濡れる。

それが彼の涙だと気づくと、俺はより一層彼を強く抱きしめた。


「一緒に頑張りましょう」

親身な医者のふりをしてそう声を掛ければ、彼は安堵したような声で「はい」と返事をした。


それからと言うもの、彼は毎日のように病院を訪れた。

軽い診察、その日の夢の話。精神が安定していない時には精神安定剤なども処方した。

しかし日々の診療の甲斐もなく、彼は日に日に窶れていくようだった。実際、質の良い睡眠にも恵まれずその影響からか食事も喉を通らない彼は、最初の診察時よりも数キロ痩せてしまっているらしい。

人前では何とか普段通りに振舞っているようだが、ひとたび診察室に入れば様子は一変する。

不安や恐怖に顔を歪め、ほろほろと涙を流す痩せ細った彼の姿は不思議と『美しい』もので、俺は何時までも眺めていられるような気さえした。

それほどまでに美しいのだ。正直なところ、その美しさは『人間』とは違う何かを感じる。人の心を掴んで離さない、そう、まるで人ではない何かのような・・・


村の儀式に関して何か特別なことを知ってい様子はない。次の儀式はもうすぐだ。儀式の開始時間は夜中で、俺自身は実際には参加しないものの、いつ何時神代からの呼び出しがあるかわかったものではない。

その日ばかりは彼の診療は出来ないため、彼には儀式の翌日以降に来るようにお願いした。勿論、儀式については伏せて。


そして儀式当日。神代からの火急の呼び出しはなかったものの、それを超える『ハプニング』が起きてしまった。

神代と共に儀式を取り仕切る教会側が何らかの失敗をしたのだろう。村全体に異様な何かが広まってしまっていた。

一番最初に浮かんだのは俺の大事な患者である彼の顔だ。今日は家で大人しくしているはずだが、この異様な村の様子に家から出てしまっている可能性もある。

早く彼と合流しようと思っていた俺だったが、案外彼とはすぐに合流することが出来た。

屋内からは出ていたようだが、幸い自宅の敷地内に突っ立っていただけの彼を見付けた俺は「名前さん」と声を掛ける。


「・・・宮田先生?」

見たところ外傷はない。おそらく、村に蠢く『異形』とはまだ出会っていなかったのだろう。そのことに柄にもなく安堵した俺を、彼はやけにぼんやりとした目で見ていた。

「珍しいな、今日の夢には宮田先生がいる」

ぼんやりしたまま呟かれた言葉に、俺は「いえ、これは現実です」と言いその手を取って歩き出す。ずっと此処にいるわけにもいかない。

「先生、この雨は僕の涙なんです」

村がこの状態になってから、止め処なく降り続けている赤い異常な雨。

「貴方の涙?」

「抜け殻になってもずっと泣いてる・・・僕の涙だ」

繋いだ手から彼の震えを感じる。ついには足を止めてしまった彼は、俺の身体に抱き着いて、ぼろぼろと泣き出してしまった。

・・・心なしか、赤い雨が強くなった気がする。


「宮田先生っ、僕はっ、僕はどうしたら・・・」

「・・・生き残りましょう。無事此処から出られたら、後はどうとでもなる」

俺の言葉に「・・・はい」と小さく返事をした彼には、時間をかけて築き上げてきた俺との信頼関係がある。

多少のことであれば、何があろうと彼は俺の傍を離れることはないだろう。そんな確信を持ちながら、俺は彼を守り、異界を進んだ。


途中、牧野さんにも会った。あの人は相変わらずだ。俺のことをこれっぽっちも理解しない、求導師としての責任を果たすことが出来ない臆病者。

名前さんという俺のための存在と言っても過言ではないであろう人が隣にいたとしても、牧野さんに対する激情は薄れることはなかった。

むしろ、何時か名前さんが盗られてしまうのではないかと、謎の強迫観念が沸き上がる。


結果的に俺は、入手した拳銃で牧野さんを射殺していた。村が異界に呑まれ人間としてのタガが外れてしまっていたのか、ついに我慢の限界を超えたのか・・・

それでも彼は、俺の傍にいてくれた。

異形を嬲り殺す時も、牧野さんを射殺した瞬間も、服をはぎ取り求導師に成代った瞬間も。

俺を否定することはなく、時には俺と共に武器を振るってくれた。

俺の努力があってか傷一つない彼。彼と共に村を出たい気持ちと、求導師としてこの村の異界化を止めるべきだという責任感がせめぎ合う。


「求導師としての役目を、果たします」

「自分の命を使ってですか?」

赤い雨に打たれながらゆっくり首を傾げる彼に是と答えれば、彼は静かに「そうですか」と頷いた。

「けど、その前に『僕』に会いに行きませんか。きっと『僕』だけが、この異界をどうにか出来るでしょう」

今まで俺に手を引かれていた彼が、逆に俺の手を取って歩き出す。

迷いのないその足取り。こちらの疑問や意見などこれっぽっちも気にしていない様子だ。

・・・けれど、全く気付いていなかった訳ではない。

薄々だが、そうなんじゃないかと思っていた。彼の夢の内容、彼の言動、彼の神々しさ。彼はきっと・・・



「・・・ただいま――『僕』」

堕辰子だ。



人と昆虫を混ぜ合わせたような、この世の生物とは到底思えない異形の存在。その口と思われる部分からは、村に響いていたサイレンの音がした。サイレンは、この異形の鳴き声だったのだ。

赤い雨が勢いを増している。


「僕は『僕』の魂の断片。神ではなく食糧と成り下がり、神としての地位も剥奪された情けない異形の成れの果てが僅かな希望として生んだ存在」

ぼろりと彼が涙を流す。目の前の異形も鳴いた。

「此処にいる僕は抜け殻なんだ。もう、力は残っていない。不完全な不死性を産む赤い雨を降らすことしかできない、役立たず・・・」

彼の手が異形に触れる。異形も彼の手を掴んだ。

「宮田先生、貴方が命を使って村を救うなんて、そんな必要はない」

「・・・それは貴方も同じです。もし危険なことをしようとしているなら、俺は貴方を殺しかけてでも止めます」

俺の言葉に彼は少し目を見開き、それから緩く笑った。


「とある神が人間を可愛い可愛いと褒めそやしていた理由がわかる気がします。僕も、かつては神の一柱だったので」

笑った後、彼は異形の手に向けて・・・口を大きく開く。

ばりっ、と噛み砕く音の後に弾力と粘着力のあるものを噛むネチャネチャとした音が響く。

異形は無抵抗ながらも大きく鳴く。彼は異形を喰らいながらぼろりと涙を流した。

どれぐらいの時間がかかっただろうか。彼と異形は泣きながら、喰らい喰われていく。


「首すら残しちゃいけない。僕の抜け殻がある限り、無数の世界で儀式は続く。・・・僕の抜け殻はまだ沢山あるけれど、この世界ではもう儀式はやらせない」

最後に残った首を前に、彼は「痛かったね、『僕』」と泣き笑いをして、異形を喰らい尽くした。

サイレンの音はもう聞こえない。赤い雨の勢いが少しずつ緩やかになっていくのが肌で分かった。


「お゛、ぇ・・・う゛ぇっ、げ・・・ん゛っ・・・」

彼がその場に蹲って、吐きそうになるのを両手で押さえて耐えている。俺が「名前さんっ」と名を呼びその身体を抱きしめれば、彼は俺に縋りながらも飲み込んだ異形が口から出るのを耐えた。

耐え続けてしばらく。彼はゆっくりと立ち上がる。その顔には精気はないが、村に蔓延る屍人とは様子が違う。


「・・・宮田先生、行きましょう。大丈夫、僕、出来ます」

「肩を貸します。無理をしないでください」

「宮田先生、この村から出ても、どうか僕を見捨てないでください。きっともう、僕は普通ではいられないから」

よろよろと歩き出す彼の懇願するような言葉に、俺は自然と笑いだしてしまった。笑う俺を見つめる彼を抱き寄せ、俺は「当たり前じゃないですか」と笑った。

断片だとしても、つい先程までは人間となんら変わりなかったのだとしても、今では人間ではないナニカになり果てていたのだとしても、彼は神だ。俺だけの、俺だけを求める、神。

湧き上がる優越感と満たされる自己肯定感。俺は彼がどんなものになり果てていようと、これから先彼を手放すことはないだろうと確信していた。


彼が歩くのを補助しながら進む。

異形を喰らった彼が神であることを屍人たちは理解しているとでも言うのだろうか。神々しいものを見たようにその場で動かなくなる屍人たち。

それには目もくれず、彼は進み続けた。


やがて出会った求導女・・・この異界化の元凶は、彼を見て驚き、それから顔を歪めた。

堕辰子の居場所、特に頭の所在を問う求導女を彼は憐れむような、しかし憎悪するような目で見つめて、それから口を開いた。


「もっと早く僕が人の言葉を話せれば、儀式の前に僕が『僕』であることを思い出せれば、きっとこの世界の馬鹿げた儀式は止められたのかもしれない。そうすれば、数多の少女が犠牲になることもなかった。・・・何時僕が『実』を望んだ。僕はあの日お前たちによって喰らいつくされた、お前が許しを請う相手は既にいない、残っているのは不完全な不死性を生み出す抜け殻のみ。抜け殻に生贄をささげ続け、それで許されている気になっている気分はどうだ?他の時空にいるお前にも伝えてやりたいよ・・・お前が楽園へと至ることはない!罪は赦されない!永遠に!」

求導女が怒鳴るような狂った叫び声をあげるのを冷ややかな目で見た後、彼は笑った。微かながら降り続いていた赤い雨は止み、村全体に大きな地響きが起こる。

バランスを崩しかける俺の身体を彼が強く抱き込む。それと同時に地面がひび割れ、がらがらと崩れていった。崩れていく地面の中に求導女や屍人が身を落としていくのを後目に、彼は「こっち」と俺を導く。

導かれた先には懐中電灯のようなチカチカする光が見えた。あの光の方へ向かえば良いのか。

近づく程に声も聞こえ始める。外部の人間の声だろうか。

そう思った途端、視界がぐらりと揺れる。唐突な眠気のようなそれに足がもつれ、彼諸共地面に倒れた。声がこちらに駆け寄ってくるのが聞こえる。


「・・・日光に、当てないでください」

俺よりも意識がはっきりしていたであろう彼の声を最後に、俺は意識を失った。





目が覚めて最初に見えたのは、病室と思われる部屋の天井だった。

俺が目を覚ましたのを見計らったように現れた看護師が体温や血圧やらを測り、医師を呼びに去って行く。

彼は何処だ、俺の、俺だけの神は何処だ。戻ってきた医師に出来るだけ冷静な口調で尋ねれば、彼はこの部屋とは別の個室で入院中だと告げられた。

多少の無理を言って彼の部屋に行くと、驚くことに彼の身体は包帯に塗れていた。


・・・真夜中に自衛隊員によって俺や彼を含め数名の人間が病院に運び込まれた。

俺と彼は当初同じ病室にいたらしいが、朝になってから事態は一変。

窓から差し込む日光に当たった彼が、悲鳴を上げたのだ。微かな日光で焼け爛れる肌、彼の絶叫・・・すぐに別室の、光が一切入らない部屋に移されたそうだが、その時の火傷はまだ治っていないらしい。

日光に当てないでください、という最後の言葉はこれが理由か。

堕辰子をその身に取り込み、魂だけではなく身体も異質に変化させた彼は日光を弱点としているのだろう。


「名前さん、名前さん、俺は貴方を見捨てたりはしませんよ。だから、安心して目を覚ましてくださいね」

包帯だらけの彼の手を取り、俺はうっとりとして呟いた。




かつてカミサマだったヒト




頭に思い描くのは、日光の光が一切入らない閉め切られた部屋の中で微笑む彼の姿。あぁ、この神の身を囲うことが俺には許されている。

異形と化した貴方を守りましょう。その代わり、ずっと俺と一緒にいてくださいね。俺が死ぬ時は、どうかその身を日光で焼いて死んでください。


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