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その時、宮田は奇妙な光景を見た。


いや・・・この異界こそ奇妙なものなのに、更に奇妙なものを見てしまったという方が正しいかもしれない。




「屍人の血って・・・美味しいのかなぁ」




まるで宮田の存在に気付いていないかのように小さく呟いた青年は、ゆらぁり・・・と、屍人の背後へと回った。

屍人が襲い掛かるよりも早く、的確に・・・




ガブリッ


屍人の首筋へと噛み付いていた。



宮田の「ぁ・・・」という声が虚しく響く。



ジュルッ

ゴギュッ、ジュルゥッ


ゴギュッ、グキュッ



生々しい音が当たりに広がり、パッと青年が口を話した頃には、一体の屍人は水分の完全に抜け去ったミイラと化していた。

パッと青年が屍人の身体から手を離せば、まるで人形のように屍人の身体は倒れる。






「ふぅー・・・普通、かなぁ・・・」


ゴシゴシッと口元を拭った青年は、ようやく宮田の存在に気付いたかのように「あぁ、こんばんは」と普通に声をかけてきた。

警戒心を膨れ上がらせる宮田の手にはネイルハンマー。







「・・・何か、お兄さん・・・医院の尾崎先生に似た対応取ってくるね。その、今にも僕を殺そうとしてくる辺りとか」

「意味がわからない」


宮田の言葉に小さく肩をすくめて見せた青年は「まぁ、お気になさらず」と薄く笑う。



「困ったものだ。いきなり不可思議な世界に連れてこられて、周りにいるのは起き上がりは起き上がりでも屍鬼ではなく屍人。知能もへったくれもない彼等を相手にするのは、もう疲れた」



ため息をつき困ったように笑った青年は宮田を見て「可笑しな人だね」と呟く。





「屍人をネイルハンマーで滅多打ち?凄い根性だね。やっぱり、此処の住人って可笑しいのかな」

先程までため息をついていた癖に、突然けらけらと笑い出す青年は、はっきり言って異様でしかない。

軽く顔をしかめた宮田は青年をジッと見据えながら口を開く。





「それよりも、可笑しいのは貴方だ・・・屍人の血を、まるで吸血鬼のように飲み干したにも関わらず、屍人にならずに此処に立っている」

その言葉に青年は「ぅーん」と声を出す。


「おそらく、僕は既に別のウイルスのようなものに感染しているからでしょうねぇ」


ひらめいたように笑いながら言い放った青年の言葉は、宮田に不可思議な想いをさせるには十分だった。









「僕は、結構昔に死んだ人間だよ」

「・・・・・・」



「大分昔に沙子・・・あぁ、僕の家族になった子ね。その子に血を吸われて死んで、起き上がったんだ。まぁ、今は何故か自分がいたはずの土地とは違う場所にいるけどさ」


早々に宮田は理解するのを諦める。

目の前の青年を精神異常者か、妄想家として片付ける気だ。



「昼間は強制的に寝入ってしまうけど、人間の血が無くちゃ生きていけないけど、傷はすぐに修復されちゃうけど、仏具とかが苦手だったりしちゃうけど、考えたりするのは、人間とあまり代わらないでしょ?」

「知りませんよ。そんなの」



何を思ったのか、青年はくるくるとその場で回る。

楽しげに、子供のようにくるくると回った。


それを冷ややかな目で見る宮田。



「貴方の名前は?僕は名前!姓は忘れた!もう何十年も前だからねぇ」


目の前の青年――名前は、明らかに見た目は十代後半あたりなのに、その言葉を信じるならば、既に宮田よりも大分歳を食っているのだろう。






「・・・宮田です」

「苗字じゃなくて名前を聞きたいよ」



「・・・・・・司郎です」

軽く眉を寄せた宮田は仕方なく答えた。



「司郎ね。覚えとくよ。生憎、此処で生きた人間に出会ったのは貴方で初めてで、実はとっても感動してるんだよ」

嬉しそうな顔でそういいながら、するりと手を握ってこようとした名前の手を叩き落とし、宮田は軽く睨みつけた。

その睨みにも動じず、名前はニコニコしながら・・・











「司郎は、死んだら屍人と屍鬼、どっちになりたい・・・?」











「・・・・・・」

「知性なき屍人と、知性ある屍鬼・・・さぁ、どっち?」


宮田は理解する。

目の前の言葉を喋る青年は、屍人と結局は変わらない――死人なのだ。



自分を殺そうとしている。



ゴクリッと息を呑んだ宮田は、ネイルハンマーを構えなおした。

ソレを見た名前は困ったような顔をして「別に殺すつもりじゃないさ」と言う。



嘘吐きめ。


宮田は名前を睨みつける。



「食料調達以外で人を殺すことはないよ。それに、人を殺さなくても、屍人がいるし。まぁ、屍人の血はちょっと腐ってそうな気がしないでもないけど、そこは妥協するしね」

謳うようにそういった名前は、宮田のネイルハンマーをやんわりと自分の胸元へと導く。



「もしも僕が信用できないようなら、その凶器で僕の身体をぼっこぼこに殴れば良い。殺したいなら、木の杭を心臓に突き刺しても良い」

「何故そんなことを・・・」



「折角生きてる人間に出会えたんだよ。僕だって嬉しいさ。生憎、屍鬼は生きてた頃とあまり変わらずに時代をすごさなければならなくてね。唐突に生きてる人間が恋しくなる」

するりと撫でられた頬に、宮田は何も言わない。



「せめて、この変な世界に居る間は、僕を慰めてくれないかな?司郎」

「・・・・・・慰めて、私に利益はありますか」


「クスクスッ。どうせ、僕は死なないし屍人にもならないし、司郎の盾にでも武器にでもなってあげるよ」


まるで契約成立かのごとく、


宮田は名前の手を握った。





どちらが幸せか






しばらく名前と一緒に行動していた宮田。



ビクゥゥゥウウウウウッ!!!!!!!!!



「・・・何怯えてるんだ」

突然何かを見て怯えだす名前に、宮田は不審そうな視線を送る。


名前の怯えるものの正体は・・・誰が落としたのか、道端にあった古い古い、ほとんど原型を留めていないお守り袋。

何故そんなものが怖い?という質問を宮田がする前に、名前は自主的に口を開く。


「・・・・・・屍鬼は、十字架とか仏具とかが苦手なんだよッ」


ガクガクッと震える名前は、目を背けながら宮田の背に隠れる。



少し前までは宮田の前に立って宮田が動くよりも前にどんどん屍人を倒していた青年だとは思えないぐらいの怯えようだ。

そんな様子を見て、宮田は何を思ったのか・・・


「じゃぁ、コレも苦手なのか・・・」

すっと落ちていた木の棒で十字架を作っ――


「ヒィッ!?!!?!?!??」


・・・キュンッ

宮田の加虐心に火がついた。←



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