「司郎、好きよ!大好きよ!!!!愛してるわ!!!!」
そう叫んだ彼女の名前は何だったか。
俺の前で自らの頭を拳銃でぶち抜いた彼女は後ろに向かって静かに地面に倒れた。
真っ赤な雨でぬれた地面に倒れるとビシャッという音がして、そこで俺は我に返る。
名も知らない彼女の顔を覗き込めば、彼女は酷く幸せそうな・・・それでいて、酷く恐ろしい笑みを浮かべていた。
ぞくりとするような気分を味わいながらその顔を見ていると、背後から「おや」と言う声がした。
サッとそちらを見れば、そこには作業着姿の男が一人。
「宮田先生じゃねぇーですか。何だぁ、先生も生き残ってたんっすねぇ」
にこにことした笑み。
はて、この男は誰だったか。
「あれ?・・・あぁ、俺は名前っすよ。何度か病院の補強工事とか来たことあるんすけど・・・まぁ知らないのも無理ないっすね」
男の腰には血の付いたのこぎりにハンマー、ボルトが下げられている。
「いやー、宮田先生が御無事で良かったっすわ。怪我とかしてねぇですか?」
にこにことした笑顔のまま俺に近づいてきたその男。
屍人ではないのは一目瞭然だから、ネイルハンマーは向けない。
「平気です」
「そりゃ結構結構。んで、その女、先生の知り合いっすか?」
「・・・いいえ、名前も知りません」
地面に伏した女の死体を指差して言う彼の言葉に首を振る。
「へぇー」
その時男が先ほどとは種類の違う、何処か底冷えするような薄らとした笑みを浮かべた気がした。
「いやー、銃声が聞こえたんで、誰か襲われてんじゃねぇのかなぁーって思ったんすけど・・・この様子じゃ自殺っすよねぇー。いやぁ、くわばらくわばら」
けらけらっと笑った彼には女の顔に浮かんでいるこの恐ろしい笑みが見えていないかのような感じ。
俺は「そろそろ此処を離れます。貴方はどちらに?」と尋ねる。
目の前の彼は腕っぷしは相当な物だろう。俺と別行動しても十分やっていけるはずだ。
「んー。もう目的果たしちゃってるんで、やることはないっすわ」
「目的?」
「そーそ。・・・そこの女がちゃーんと死んだかの確認」
にやりと笑ってそういった彼に俺はネイルハンマーを構える。
彼は「いやいや、別に先生に危害を加えるつもりじゃぁ、ねぇですよ」と笑う。にこにこと、先ほどと同じ明るい笑みだ。
「先生には危害加えねぇって約束できますよ。それこそ、約束破ったら無抵抗で屍人に殺されてもOKってぐらい」
明るい笑顔のままそういった彼は「だって」と俺を真っ直ぐ見る。
「俺、先生のこと愛しちゃってんだから」
彼が浮かべたあまりに優しい笑みに俺は反応が遅れてしまった。
「俺は宮田先生が大好きだ。一目惚れでねぇー・・・けどまぁ、声なんてかけられるわけもなぁし、先生に恋人が出来んのも、先生を好きだっていう女が近くにいても、ぜぇーんぶ見て見ぬフリしてた。けど村がこんなになって気付いたんだ。我慢なんてする必要ねぇ。邪魔なヤツは消せば良い、って。あの女は宮田先生のことを『司郎』なんて馴れ馴れしく呼ぶだけでなく『司郎と結ばれるのは、あの看護婦じゃなくて私なのよ』とほざいてやがった。そりゃもぉ、妄想100%とでも言うんっすかねぇ。見てるだけで腹が立つ。村がこんなになってからあのい女に会ったんすけどねぇ『あら、貴方。私の司郎を知らない?私、司郎を愛しに行くの』って・・・なーにーさーまーって感じだったんで、俺は今まで我慢してた台詞を全部言ってやったんですよ。手前ごときじゃ先生に名前すら覚えて貰えねぇし、存在だって忘れられる。そんなんで先生を自分のもの扱いするなんて勘違いも甚だしい。もしも自分を覚えてもらいたいなら、先生の前で自殺でもすれば?って。まぁ、実際はもっと酷い台詞を吐きまくったんすけどね。此処は割愛。そしたら女、すぐに先生のところに向かって、今やその状況。馬鹿だよなぁー、此処で死んだら意味なんてどこにもねぇのになぁー・・・」
『し、ろ゛、ぉ・・・あい、ジでる・・・』
俺は背後であの女が起き上がるのに気付いた。
すると彼がぐいっと俺の腕を引っ張り、俺の顔を自分の胸に押し当てさせたかと思うと、後ろで悲鳴。
ドサッという音と、彼の小さな笑い声。
「ばぁーか。宮田先生に手前の死に顔二度も見せてやるかよ」
彼の体温は意外と高く、今まで雨に濡れていて冷えた身体はほっと落ち着く。
底のしれない彼にほっとするなんておかしな話だが。
「嬉しかったっすよぉ。先生が、あの看護婦さん殺して車に押し込んでるとこ見つけちゃった時。あぁ、何だ。あの二人は相思相愛じゃなかったのかって」
俺の頭をそっと撫でる彼の手は、今は俺と同じで血に濡れているのかもしれない。
それが気にならないほど、彼の手つきは柔らかく、優しかった。
「俺、苦しかったっすわ。男ってだけで、先生とは結ばれないって決まってて、女なアイツ等はすぐにでしゃばる。悔しくて悔しくて・・・」
「・・・ぁなたは・・・」
「名前って呼んでほしいっすよ・・・」
「名前」
「はい」
まるで世界のすべての幸せを手に入れたかのような嬉しそうな声に、俺は何に向けられてるともわからない優越感を感じた。
「貴方は、本当に俺を愛している、のか?」
「もちろん。先生が何をしようと思おうと、俺の気持ちは変わらない。先生の手で殺されても幸福だ。愛してるよ、宮田先生」
「司郎と・・・」
「・・・・・・」
「司郎と呼べば良い、名前」
小さく目を見開いた名前。
「・・・本当に良いんすか?先生、俺はそんなこと言われちゃうと勘違いしちゃうタイプなんっすよ?」
「あぁ、構わない」
そう言った途端、先ほどよりもさらに強く抱き締められ、少し苦しかった。
後ろでまた起き上がる音が聞こえ、間髪入れずに彼がのこぎりで切り裂く音が聞こえた。
「嬉しいや・・・嬉しい、じゃぁ・・・司郎って、呼びますね」
心底嬉しそうな顔の彼が俺の額にキスをしたのを見て、俺はその顔をぐいっと引き寄せると、唇にキスを返した。
きょとんとした彼は、しばらくしてその顔を真っ赤にして・・・
「だ、大胆すぎっすよぉ、司郎」
ぎゅーっと俺の首筋に顔をうずめて恥ずかしそうにした。
愛されまくってます