俺は相手を深く愛していたのだと思う。
可愛さ余って憎さ百倍とは良く言ったものだ。
相手が俺に隠れて浮気していたことを知って俺の顔に浮かんだ表情は酷いぐらい深い“笑み”だった。
けれど内心は酷く荒れていて、周囲の同僚も自然と俺から距離を置いたほどだ。
「永井」
「ぁっ・・・名前、先輩」
「二人きりの時は名前で良いと言ったはずだが?」
「・・・はぃ」
小さく頷く永井。
しかしその永井と目線は合わない。
「何故目を逸らすんだ?」
「ぁ・・・」
ハッとしたような永井が焦ったような表情をする。
「真っ直ぐこっちを見なさい、永井」
そっと永井の肩に手を置けば、永井がビクッと震えた。
恐る恐ると言った感じに俺を見る永井の目にはたしかに恐怖の色があった。
「何故怯える。何か後ろめたいことでもあるのか?」
「・・・名前、さん」
永井の震えが目に見えてわかる。
「まさか俺が怖いとでも思っているのか?」
「痛っ・・・」
俺の手に力が籠められ、永井が小さく声を上げた。
痛い?あぁ、そうか、痛いか。
俺は満面の笑みを浮かべて「永井」と呼びかける。
「彼女は元気か?」
「・・・!」
「俺が気づいてないとでも思ったのか?永井。やはりお前はまだまだ半人前だな」
笑顔のまま言う俺に、永井の目にある恐怖の色が強くなる。
カチカチッと歯を鳴らし、頬をツゥッと汗が伝っている。
何故そこまで怖がる必要があるのか。
「俺にばれなければ大丈夫だと思っていたんだろう?」
「ち、違っ・・・」
「言い訳をするな、永井」
「痛いッ・・・名前さん、痛ぃ・・・」
永井の肩に俺の爪が立てられる。
服越しでも、永井の肌に俺の爪が食い込んでいるのがわかった。
痛いか。そうかそうか。
「お前には失望したよ永井。俺の可愛い恋人・・・」
そっと永井の耳元に唇を寄せる。
「だが、お前が俺を裏切るというなら、それも良いだろう」
永井の顔が恐怖で引き攣っている。
「安心しろ。別に隊でお前に嫌がらせをするなんてそんな小さなマネはしない」
やっぱり俺の顔には笑みが広がって・・・
「ただちょっと・・・俺の愛しい恋人に色目を使った女狐に忠告するだけさ」
「!・・・一体、何をっ?」
「いや――もうした、と言った方が正確か」
「・・・・・・」
永井の顔が真っ青になっていくのを見ながら、俺は「そろそろ連絡が来るんじゃないか?」と笑う。
丁度その時永井の胸ポケットに入っていた携帯が鳴り響き、永井はビクッと震えた。
「取れ」
「・・・・・・」
永井は泣きそうな顔で携帯を取り出し、ピッと通話ボタンを押す。
「も、しも――」
言葉は最後まで続くわけがない。
俺の顔の笑みが深まっていく。
しばらくして、永井は呆然とした顔つきで通話を切った。
そのまま呆然としている永井に「彼女、結構素直で良い子だったよ。俺が・・・ちょっと話したら、すぐにわかってくれたよ」と囁く。
俺は別にその子に暴力をふるったわけではない。
ただ“ちょっと”彼女に語りかけただけだ。もちろん笑顔で。
その時の彼女は今の永井以上に酷く震え、酷く泣いていたけど。
「名前、さんっ・・・俺、は・・・」
「何も言わなくて良いよ永井。俺はお前にとって優しい恋人でありたいから、お前を怒鳴ったり殴ったりなど絶対にしない」
ただちょっと・・・お仕置きするだけだ。
そう言った俺に永井はふらっとしたように倒れそうになる。
それを受け止め「可愛い俺の恋人」と永井の頭を撫でる。
「可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるだろう?」
「っ・・・」
「お前が俺を怖いと思うなら、それは俺の愛の大きさだ」
ほら、だからこそこんなに笑みが浮かんでいる。
「永井」
「は、ぃ・・・」
「次はない」
「ッ!・・・わかりました」
素直に頷く永井に俺は笑顔で「良い子だ」と言った。
可愛さ余って