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あの日、外は大雨だった。





「好きだよ、司郎」





その男は、そういって笑っていた。


男の後ろにあった窓から、激しい雨がよく見えた。



雨が屋根や地面などを叩きつけ大きな音。

けれどそれにかき消されることなく、男の言葉は俺の耳まで届いた。






「愛してる。君のことが大切なんだ。ずっと傍にいたい」


「・・・――き」


俺の口は自然と動いていた。







「嘘吐き」






「・・・・・・」

「俺を好きなんて嘘だ。俺を愛しているなんて嘘だ。俺が大切なんて嘘だ。俺の傍にいたいなんて嘘だ。全部全部全部、アンタの口から生み出される言葉は嘘だ」


静かに言う俺に、男は笑顔のままだった。


俺と同じく白衣を着て、胸に【名字】というネームプレートを付けた男は小さく「そう」と言う。

たいして傷ついた様子もなく、男は窓の外を見る。




「今日は雨が酷い。帰るときは十分気を付けて」

それだけ言って、男は院長室を出て行った。



バタンッという扉のしまる音と、男の去っていく足音が、やけに耳に残っていた。







男の言葉が信じられなかった。

男の口から告げられる「愛してる」が、信じられなかった。


その口から出る言葉の全てが偽りだと、俺は思っていた。





だから拒絶した。

男は俺の拒絶さえ受け入れ、それでも俺に「愛してる」と言った。



俺に向けられる愛などあるはずがない。


その時の俺は、それが当然のように頭の中でこだましていた。








「嘘吐き・・・」


俺を愛していると言うなら、俺をこの村から連れ出せ。

それも出来ない癖に、何が愛してるだ。何が――







『愛ジ、デる・・・し、ろぉ・・・愛、し、デル・・・』


あぁ、どうして・・・





目の前には死した男の姿。

目から流れる赤い液体は、まるで涙のようだった。



初めてみた、男の苦しげな表情。


苦しげな表情のまま、俺への愛を口にする。




俺と同じ白衣を血で染めて・・・今まで、俺を探してくれていたのだろうか。






結局、生きている間にこの男には出会わなかった。


死した男が目の前にいて、俺への愛を口にして・・・




「・・・嘘吐き」


苦し紛れに口にした。




あぁ、本当は知ってた。

嘘じゃないって。全部が全部本当だったって・・・






『嘘ジャ、な・・・ぁ゛ぃ・・・愛ジ、デ、る・・・カラ』





嘘じゃないよ。

生前の男が、笑みを浮かべてそう言っている気がした。


嘘じゃないよ。愛してるんだ。司郎のこと、すごく愛してる。ずっと一緒にいよう。ずっと傍に――








「あっ、あぁッ・・・!!!」


目から流れるこの液体の名は何だったか・・・






『司、ろ、ォ・・・』


「はぃ・・・名前、さん」

こっちに手を伸ばす彼に、自然と応じる俺。



もう全てがどうでも良いとさえ思えたんだ。





『ず、ット・・・い゛っじょ、に・・・ィ』

「はぃ・・・ずっと、ぃっしょです」


精一杯笑う俺に、彼が口付けをする。






深い深い口付けで、口の中に赤い液体が流れ込んできた。






薄れる意識。

その最後に見えたのは・・・



「あぁ・・・名前さんっ」


あまりに優しい目で僕を見つめる彼の姿だった。




嗚呼名前さん・・・

もう嘘吐きなんて言いません。



だから今度こそ――ずっと一緒に居ましょうね?




頬を流れる涙は、赤い液体えと変わっていた。




彼ハ嘘吐キ






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