自分はトリップした人間だ。
そのことを俺がもしもこの村の人間たちに言ったとして、果たして・・・信じてくれるのは如何程か。
きっと誰も信じてくれやしないだろう。
もしかすると、神代あたりが俺を危険とみなして宮田に消させちゃったり?
はは。笑えないなぁ。
俺がトリップしたのは結構前。
自分がトリップしたと自覚した瞬間から、俺は出来るだけ自然に過ごした。
どうやら俺にも“設定”というものがあったらしく、俺の家は確かにこの村にあった。
両親はすでに他界していたらしい。村人の俺に対しての認識は『都会の大学を卒業してから村に帰ってきた男』といった感じだ。
俺が周囲を知らずとも、周囲が俺を知っている。変な気分だったが、生きていくためにと順応することにした。
ゲームの中だけだと思ってた人たちが動いてて、喋ってて・・・そして、確かに生きてて・・・
カレンダーを見る度「あぁ、そろそろなのか」と思い、俺は日々ため息をついていた。
俺は知ってる。これから先に待っている絶望を。
俺がトリップしてきた人間だからと言って、特別能力があったわけでもない。
原作を知っているだけで、その原作を覆すだけの能力は一切なかったのだ。これではどうしようもない。
ただただ来る絶望を待っていることしかできないのか・・・
だったら村を出れば良い。出れば良いだけのはずなのに・・・
「名前・・・またぼーっとして、どうかしたのか?」
「ぁー、いや・・・何でもないよ、司郎」
俺は恋をした。
目の前の、白衣を纏った医者に。
「まったく。心配させるな」
「あ。心配してくれてたんだ?嬉しいなぁー」
笑顔で言えば軽く頭を殴られた。痛い。
「痛いよ司郎」
「冗談ばかり言ってないで、さっさと仕事をしろ、ニートが」
「ニートって酷いなぁ・・・俺、ちゃんと働いてるじゃん。病院の清掃員としてさぁー」
そう。俺はこの病院の清掃員。
この世界では仕事がなかった俺を、清掃員としてだけど雇ってくれたのは、ほかでもない司郎だ。今でも感謝してる。
「俺が雇ってやってるからな。ちゃんと働け」
「へぃへぃ・・・了解、ボス」
へらへら笑いながら軽く敬礼してみると「馬鹿」と一蹴された。
「ぁ。なぁ、司郎」
「何だ」
「俺がお前のこと、愛してるって言ったらどうする?」
清掃用の箒を片手に笑って見せた。
司郎が少し黙るのを感じた。
「返事は今度聞く。まぁ、どんな返事でも・・・――俺は、ずっと司郎の傍にいるよ。司郎の傍だけに」
小さく目を見開く司郎に、俺は軽く口づけた。
ぴくりとも動かない司郎に「じゃーねぇ、司郎」と笑い手を振れば、やっとぷるぷるっと動き出した司郎に「仕事中に何をしている!」と怒鳴られた。
ははっと笑いながら逃げる俺に、後ろから司郎の呆れたようなため息が来これた。
「・・・ははっ」
俺はこの生活が結構好きだった。
原作をしってて、これから起こる出来事を知ってたとしても、それでも好きになった。
俺がこの世界の人間じゃないんだっていう事実さえ、どうでもよくなるほど、司郎が好きで――
「――!――」
「――ッ、――!?」
扉の向こう側から聞こえる、男女の声。
女の苦痛の声。男の静かな声。
そして、次第に女の声は消え――
俺はフッと笑った。
ガチャッ
「こんばんは」
部屋に入れば、そこには看護婦の遺体があった。死因は見ればわかる。首を絞められたんだ。
「あぁ、やっぱり死んでる。部屋の中で変な音聞こえたから、まさかとは思ったんだよ、俺」
苦しげな表情で死んでいる看護婦の遺体に近づく。
司郎は何も言わない。何も言わずにこっちを見ている。
「これは、一人で運ぶの大変でしょー」
あぁ、口元に笑みが広がる。
「お手伝いしましょうかぁー?せ・ん・せ・い」
「・・・・・・」
目を怪しく光らせている司郎に向かって、俺はへらっと笑う。
「“ゴミ”の御片付けは、清掃員の仕事だろ?司郎」
「・・・あぁ、そうだったな」
笑顔の俺につられるように、司郎の口角が上がる。
司郎と共に遺体を車に乗せ、一緒に穴を掘りに行った。
ザクリッ、ザクリッという音・・・
「なぁ、司郎。もしも俺が・・・こうなるって知ってたら、どうする?」
「・・・何がだ」
「今までのことも、これから起こることも・・・ぜぇーんぶ知ってたとしたら?」
「・・・さぁな。俺にはどうだって良い。お前が全部知ってたとしても・・・お前が俺の傍にいることは、変わりないだろうからな」
「・・・それもそうか」
俺はつきものが取れたような気分になりながら、遺体を穴に落とした。
――ウゥゥゥウウウッ
「・・・・・・」
鳴り響くサイレン。
俺は小さな笑みと共に、司郎に言った。
「何があっても、愛してる」
返事の声は、響くサイレンにかき消された。
けれど、司郎の唇が『俺も』という形に動いたのを見て、満足したような気持ちになりながら・・・俺は意識を失った。
異世界から来た男の話
そして物語が動く。